「1960年代の共和党は北部、特にニューイングランド地方や中西部を中心とした政党であり、そのイデオロギィーは保守から穏健保守、中道、そしてリベラルにまで及んでいた。ところが今日、共和党はむしろ南部や西部山岳州を中心とする政党に変容し、党内では保守派が穏健派を圧倒するに至っている」。久保文明東大教授(アメリカ政治)は「ブッシュ政権とアメリカの保守勢力 - 共和党の分析」(日本国際問題研究所)の中でこんな風に述べている。
かつて黒人解放を旗印に南北戦争を戦ったリンカーンの共和党。80~90年代にかけてこの政党を変質させ"ハイジャック"していった二大勢力が、「宗教右派」と「ネオコンサーバティブ・グループ」であったことは前回、説明した。
こうした勢力、特にイラク戦争を主導してきた、「ネオコン・グループ」。具体的にはチェイニー(副大統領)、ラムスフェルド前国防長官、ウオルフォウッツ前国防副長官(現世界銀行総裁)らのラインが、戦争の泥沼化にともない世論の集中砲火を浴びて政策執行の主導権を失いつつあることは事実だ。
だからアメリカは右から左に大きく舵を切ったといえるのだろうか。日本のマスコミ論調にはこうした見方が強い。4月5日付け毎日新聞にロスアンゼルス特派員の國枝すみれ記者の書いた、「振り子が戻り始めた米国」という記事が好例だ。國枝記者はこう書く。「イラク戦争は5年目入っている。(中略)戦争支持の多い退役軍人の中にも、反戦に傾く人が増えてきた」。これは客観的事実だ。しかし國枝記者はここから次のような結論に結び付けてしまう。「私は03年春に米国に赴任し、急速に右傾化する米国を見て来た。(中略、しかし)今実際に、振り子がゆっくりと戻り始めた気配を感じる」。
確かに今の米国は戦時下だ。都市に行こうと、海岸沿いの寒村を通り抜けようと役場や学校、個人の家にも半旗の星条旗が目立つ。戦死者が3000人を超えたのだからこの町、あの町で、「無言の帰還」が増えていることは間違いない。えん戦感が国全体を覆っていることも否定しようがない。
ベトナム戦争の後、米国では徴兵制を廃止した。現在の軍隊は、「いざという時は命捧げる」ことを契約した志願兵で編成されているから60年代に全米の大学で発生した徴兵反対の抗議行動⇒反戦運動は起きにくい。
ただ問題も多い。志願制といっても兵役を選ぶ(選ばざるを得ない)のは農漁村地域出身者か、アフリカ系、ヒスパニック系の低所得層に集中する。私も参加していたニューヨークでの政治集会で、2004年の大統領選挙に出馬したラムゼイ・クラーク将軍が、「この中で家族か親戚の誰かで兵役についている人はいますか」と聞いた時のことだ。会場の圧倒的に高所得、高学歴者で占められた400人ほどの聴衆で手を挙げたのは、たった一人。どういうアメリカ人がイラクに行き死んでいるのかが一瞬にして分かって、はっと胸を突かれた。
また志願制は動員力に限界があるから10万人以上を動員する大規模戦争では、すぐ兵力が不足する。これを補充するために予備役や州兵が動員される。しかしこの人たちは現役を終えた比較的高齢者で家族持ちが多い。彼らもまた、「まさか戦争に駆り出されることはあるまい」と思って一年に数週間の訓練である程度の手当てを貰える予備役や、州兵に登録していたのだ。こうした一家の柱を失うことは単に経済的問題だけでなく大きな悲劇を引き起こす。
ただ勘違いしてはいけないのは、既に第二次大戦よりも長く続き、出口の見えない戦争への批判、えん戦感は、保守か、リベラルかという振り子の問題ではない。ベトナム戦争は民主党ケネディ政権の時に始まり、共和党のニクソン政権が尻拭いをしたのだ。もし明日、大統領選挙が行われれば候補者が誰であれ民主党が勝つだろう。しかし、それは大量破壊兵器の存在という戦争介入原因を偽造し、撤退プログラムもないまま戦争に突入したブッシュ政権の失政に対する国民の「パニッシュメント(お灸)」である。
「06年中間選挙の結果はどうか」と言うかもしれない。確かに民主党は勝ったが新人議員の多くが極めて保守的な政策を支持しているのはどうしてなのか。あのヒラリー・クリントンが口が裂けても2002年の「イラク戦争決議」に賛成したことを、「誤りだった」と認めないのは何故なのだろうか。
今のアメリカは民主党支持層と共和党支持層が拮抗しており、相手党支持者層の一定部分を取り込まないことには勝利はおぼつかない。リベラルのレッテルを貼られてきたヒラリーのイラク戦争決議に対するかたくなな態度は、「(基本的に保守傾向の強い)アメリカの底流は変わってない」、というシグナルに思えるのだが。