今回が連載の最終回になります。はじめて無線組込み機器の設計をするエンジニアの皆さんが、現場で自信を持って設計作業を進めるために必要な基礎知識を、連載第1回から無線技術知識電波法規知識、そして計測の知識に分類してお伝えしてきました。

最終回では、設計開発から製造出荷後の品質保証までの仕事の流れに沿って、無線組込み機器設計の手順を紹介します。

最終章 まとめ

1. 開発初期:組込みモジュール機種選定時の評価項目

無線組込み機器設計で最初に行う作業は、無線モジュールの機種選定ですが、その前に、通信方式は何を採用するかを決めなければなりません。

汎用的で安価な近距離用のFSKや、交通系ICカード、おサイフケータイでも使われているNFCの通信モジュールにするか?画像データ伝送なら無線LANにするか、音声伝送ならBluetoothにするか?それとも長距離伝送が可能な携帯電話の通信モジュールを採用するか? などなど、一口に通信方式と言っても色々な種類がありますが、設計開発する製品に必要な無線通信の伝送距離伝送速度接続チャンネル数などが、無線モジュール選定の条件になります。「通信方式」の選定方法については連載第2回を参照してください。

(出典:トッパンフォームズ NFCポータルサイト)

組込みマーケットは、ビル/工業/家庭用の自動化製品、センサ、M2P(Machine To Person)、M2M(Machine To Machine)のデータ通信デバイスなどのクライアントと結びついています。(出典:テクトロニクス社アプリケーションノート)

通信方式が決まったら、次の作業は無線モジュールの選定です。通信方式や無線モジュールが依頼元から指定されている場合でも、複数のベンダー(製造メーカーや販売業者)から無線モジュールのサンプルを入手して、価格と性能、品質を比較評価して最良のベンダーを選定しなければなりません。評価項目は、無線周波数偏移空中線電力隣接チャネル電力比(ACPR)占有帯域幅(OBW)やEVM値などです。製品設計はデバッグ作業を繰り返しながら、製品の完成度を高めていきますが、測定や測定器に関する知識は連載第3回第6回のスペアナ、USBリアルタイム・スペアナ等を参照してください。無線モジュールの品質の評価はEVMの測定値で比較評価できます。変調方式やEVMについては、連載第8回を参照してください。

テクトロニクス社 RSA306型 USBリアルタイム・スペアナ

2. 開発後期:電波法規制とプリ・コンプライアンス試験

要求仕様を満足する製品が完成したら、電波法の技術基準適合試験を受けて技適マークを製品に印刷します。技適マークが印刷されている無線モジュールを組込む場合は再認証の必要はありませんが、アンテナを変更すると改造になるので技適マークの認証試験が必要になります。海外製の安価な無線モジュールは日本の技適マークが印刷されていないものが多いので注意が必要です。電波法規制については、連載第4回を参照してください。

技術基準適合試験の技適マークが印刷されている、920MHz帯無線モジュール。(出典:双葉電子工業株式会社 無線モジュールWebサイト)

電波法規制の認証試験には費用と時間がかかります。不合格になると再挑戦しなければならず開発コストにも負担がかかる為、通常は公的機関で試験判定を受ける前に、プリ・コンプライアンス試験を行って合格/不合格の目安を判定しますが、3m法10m法の電波暗室を自社設備として保有している企業でも、試験サイトが遠隔地にあったり、試験の順番待ちで開発スケジュールが遅延したりする問題を抱えています。

自社に電波暗室設備が無くても、電波(電磁波)の近傍界遠方界の特性に関する知識があれば、ある程度まで自社内の実験室レベルで簡易的に安価にプリ・コンプライアンス試験評価をすることができます。電波(電磁波)については、連載第1回を参照してください。実験室レベルでの試験方法については連載第9回を、近傍界、遠方界の解説は連載第10回を参照してください。

手頃な価格のプリコンプライアンス・テストは、問題が発生する可能性がある箇所の確認を簡単に行えるので、高額なコンプライアンス・テスト施設でのテスト時間を大幅に短縮できる(出典:テクトロニクス社 アプリケーションノート)

3. 製造段階:製品品質を維持保証する為の評価

設計作業が終了してデバッグ作業も完了し、電波法規制やEMI/EMC規制値もクリアできると、晴れて製品が市場に公開され流通し始めますが、設計開発エンジニアの仕事はこれで終了するわけではありません。製造工場では継続して安定した製品品質を維持保証するために、出荷前(抜き取り)検査などを行いますが、製造時に不良品が出た場合は原因究明が急務になりますので、設計開発したエンジニアリング部門や担当者に不良状況の報告書がフィードバックされてきます。また、購買部門では、性能が同じであれば1円でも安価な部品やモジュールに変更するようにVA(Value Analysis:価値分析)を行って、コストダウンの為の設計変更を要求してきますが、ゴーサインの判定は通常はエンジニアリング部門や設計担当者の責務となります。設計者が予想できない不良や不具合、部品やモジュールの設計変更については、原因究明や評価に多くの時間を要しますが、エンジニア(職人)の強い味方として(道具)、特に新しい便利な測定機器があります。新しい測定機器については、連載第3回と、連載第10回ミックスド・ドメイン・オシロスコープ、連載11回USBリアルタイム・スペアナを参照してください。

テクトロニクス社 MDO4000C型 ミックスド・ドメイン・オシロスコープ

4. フィールド出荷後:トラブル解析評価

無線組込み機器の製品が市場に流通した後で発生するフィールド・トラブルは、製造段階でのトラブルよりもさらに問題が複雑化するので原因究明が難しくなります。トラブルの原因は製品の内部要因なのか、外来要因なのか、最初にその切り分け作業からスタートしなければなりませんが、無線組込み機器の外来ノイズには、EMI/EMCの電磁ノイズの他に、他の無線通信電波が原因になることもあり、また外来ノイズはいつも発生しているわけではなく、不定期に時々発生することがあるので、益々原因究明が難しくなります。身近な例では、電子レンジが2.4GHz帯の無線LANやスマホのBluetooth通信を妨害したり、パソコンのUSB3.0がワイヤレスのマウスの通信を妨害したりして正常に動作しなくなることが知られていますが、原因究明が困難な例としては、輸送トラックなどの違法無線のCB無線機や、軍事施設等からの正体不明の電磁波、日本の技適認証を受けていない海外製の無線組込み機器など、様々なものがあり、外来の無線電波や電磁波には正体不明で神出鬼没なものもあるので問題解決には多くの時間を要します。

ノイズのトラブル対策は、連載第10回を、外来ノイズの原因究明は、連載第11回を参照してください。

パソコンのUSB3.0にHDDなどの外部デバイスを接続すると、2.4GHz帯にノイズが発生し、ワイヤレスのマウスが動かなくなることがある。(出典:Intel社ホワイト・ペーパー)

著者紹介

中塚修司(なかつか・しゅうじ)
テクトロニクス社 アプリケーション・エンジニア