1. トラブル原因の切り分け
設計が完了して製品を出荷した後、フィールドで故障や誤作動などのトラブルが発生すると、原因の切り分けと対策が急務になります。無線組込み機器の場合は外乱環境ノイズや自分以外の無線電波などの影響が原因となることが多いので、観測には通常はスペアナなどの測定機器を使用しますが、時々散発的に通信障害や誤作動が発生する場合は原因の発見や特定が難しくなります。外来ノイズの正体がわからないと、応急処置でシールド遮蔽対策などをしてしまいがちですが、コストが悪化して利益率が悪くなります。
また、稀にですが外来ノイズが原因ではなく、自分自身の内部回路がトラブルの原因になる場合もあります。組込み製品に複数のモジュールやデバイスを組み込んで小型化・高機能の設計をすると回路基板が密集し、各モジュールの動作のタイミングに起因して、イントラEMCという自家中毒のノイズが発生することもあるので、ますます原因の特定が困難になります。
このような原因不明のノイズトラブルの観測にはリアルタイム・スペアナが便利です。以前は、リアルタイム・スペアナは価格が高く、大きく重たくて運搬が大変なので研究開発向けというイメージがありましたが、最近は40万円代の小型のUSBリアルタイム・スペアナが登場し、現場でも軽量、安価に、無線組込み機器設計のトラブル発生時の原因切り分けができるようになりました。
2. トラブル原因の究明
ノイズトラブルが発生した場合は、最初に現場の環境ノイズの状況を観測して、無線組込み機器の無線周波数に影響を与える電磁ノイズの有無を確認します。特にスイッチング系のノイズの場合は幅広く周波数が拡散していることがあるので、最初は広帯域に周波数を観測します。
2-1.外来ノイズの波形の形状は?
広帯域に環境ノイズを観測したら、次はノイズと思われる周波数の正体を見極めます。観測する周波数帯域幅を、リアルタイム・スペアナで時間軸観測ができるリアルタイム帯域幅まで狭めてノイズをリアルタイムで観測します。最近の安価なUSBリアルタイム・スぺアナでも40MHzの帯域幅までリアルタイム観測ができます。
外来ノイズが、電子レンジのようなマイクロ波発生器や、スイッチング電源、インバータなどのスイッチングノイズ、溶接機、モーター、電気メスなどのスパーク系のノイズは、ノイズの周波数成分が広帯域に拡散して波形の形状も常に変化しますので、波形の動きをリアルタイム・スペアナで観測することで、ノイズの原因をある程度推測することができます。
無線LANに電子レンジの電磁波が妨害イズとして干渉している様子をUSBリアルタイム・スペアナで観測している。電子レンジの電磁波が幽霊のようにゆらゆらと動き回る様子を観測できる。波形の色の青色は発生頻度が少なく、緑→黄色→赤に近づくほど発生頻度の多い電磁波であることを示している。 |
自分の組込み無線以外の無線通信電波も外来ノイズになりますが、この場合は周波数と波形の形や帯域幅を見ることで、どのような通信方式の電波が飛び交っているのかを推定することができます。 たとえば、2.4GH帯の無線LANは、802.11bはDSSS(直接拡散)なので山形状のかまぼこ型で帯域幅は20MHzですが、802.11g/aのOFDM(直交変調)になると台形型になります。BluetoothはFHSS(周波数拡散)なので、竹の子型の波形が1MHzの帯域幅で櫛形状にたくさん並びます。
2-2. 外来ノイズの発生タイミングと頻度は?
リアルタイム・スペアナは、電波の波形形状をリアルタイムに観測することができますが、さらに時間軸で観測ができるスペクトログラム表示を加えることで、電波の発生タイミングや発生間隔を知ることができるので、原因の特定がしやすくなります。
無線LANとBluetoothが同じ帯域内で、同じ時間帯で干渉している様子をスペクトログラム表示で観測している。上部画面の赤色はパワーが大きく、黄色→緑→青に近いほど、パワーが小さいことを示している。 |
2-3. いつ発生するかわからないノイズの観測は?
1時間に1回とか1週間に数回しかトラブルが発生しないような場合は、リアルタイム・スペアナのデータロガーの機能を使って、通信と外来ノイズの発生タイミングを長時間記録して観測します。
30分間のデータロギングをした結果を時間軸マーカーで再生表示している。リアルタイムでスぺクトラム測定した結果をMax(Peak)-Holdしてトレースを保存しているので、ノイズを取りこぼすことはない。年月日のタイムスタンプも記録されているので、どのような波形のノイズがいつ発生したのかが記録される。 |
2-4. 外来ノイズの発生頻度は?
ノイズが発生しているにもかかわらず、ノイズの発生頻度が少なかったりパワーが小さかったりする場合は、正常に通信できることもあるので、原因の究明が難しくなります。ノイズの発生頻度を数値で定量的に測定できれば、ノイズトラブルとノイズの発生頻度の因果関係を定量的に把握することができます。
2-5. ノイズが通信品質に与える影響は?
トラブル発生現場での通信品質の劣化の程度とノイズの因果関係はEVMの測定で相対的に評価することができます。EVMについては連載の第5章を参照ください。無線組込み機器の代わりに、USBリアルタイム・スペアナでトラブル現場の通信をアンテナで受信し、外来ノイズの有る時と無いときでのEVM値の違いを相対的に、かつ定量的に測定評価します。
次回が連載の最終回になります。最終回では第一回から今回までの総集編として、無線組込み機器設計の 設計開発→製造出荷→品質保証→フィールド・トラブルのフェーズの流れに沿って、総まとめをします。
著者紹介
中塚修司(なかつか・しゅうじ)
元テクトロニクス社 アプリケーション・エンジニア