海外オフィスのコンサルタント (ホワイトハットハッカー) が洋画について語った前回に続き、日本オフィスのエンジニア部門とセールス部門に勤務する同僚に、ハッキングが登場する日本映画で彼らのお気に入りの作品を挙げてもらいました。
『クロガラス1』(2019年公開)
金と欲望渦巻く新宿歌舞伎町を舞台に、裏社会のトラブルを解決する『解決屋』の活躍を描くアンダーグラウンド系アクションエンターテインメント作品。
目黒 潮 (シニアセールスエンジニア)
裏社会 vs. 裏社会を扱ったストーリーとなっている映画で、『解決屋』メンバーの1人として、日菜という若い女性ハッカーが登場します。スマホを奪って電話を盗聴する、監視カメラを乗っ取り盗撮、マンションの管理会社をハッキングして相手の居場所を特定などを駆使するシーンがあります。
ハッキングシーンでは、トロイの木馬に感染させてパソコンを乗っ取っているものと思われます。これは古典的な手法ではありますがが、ちょっとした会話をしている間に操作が終わっており、かなり手際が良いです。日菜は総じて作業のタイミングが抜群なので、私のような頑固で偏屈でマイペースなエンジニアでは、こういうことはなかなかできません。
そんな格好いい日菜ですが、ちょっと残念な部分もあります。まず、半透明の黒ウィンドウに緑文字という、お馴染みのハッカーらしいシーンでは、よく見るとCUIを使っておらず、ベースは日本語版Windowsのようです。UbuntuかせめてMacを使ってくれないでしょうか。
加えて、攻撃対象となる組織のセキュリティの甘さを指摘していますが、相手はかなり小規模なので、セキュリティなんてそんなものです。むしろ、そのような相手がセキュリティに大掛かりな投資をしていたらびっくりですし、EDR(Endpoint Detection & Response = エンドポイントの検知と対応)やIPS(Intrusion Prevention System=不正侵入防止システム)などを使用していたら大きな拍手を送りたいです。
ということで、日菜はハッカーとしては技術面では普通であり、非常に豊富な経験を持っている人物ではないようです。しかし、解決屋3人のチームプレイは際立っており、このような目的で活動しているハッカーとしては合格なのではないでしょうか。他のメンバーが変な人ばかりなのによく耐えているなと、私は思ってしまいます。
では、自分がこの映画で日菜の代わりにハッカーを務めていたらどうなっていたかを考えてみました。もっと時間をよこせ!とか、情報量が足りない!とか、四六時中リーダーを怒鳴りつけてるような気がします。また、作業を中断されるたびにキレてるかもしれません。観客に嫌われそうなキャラクターですね。解決屋のハッカーが私でなく日菜でよかったなと思います。
『機動警察パトレイバー 劇場版』(1989年公開)
産業用に開発されたロボット「レイバー」が建設、土木の分野を中心に広く普及。これを悪用した犯罪が急増した架空の近未来と東京を舞台にしたアニメーション作品。
河野 真一郎 (シニアセールスマネージャ)
1989年の公開当時は家庭やオフィスにおいてのパソコンの普及度は低く、悪意あるソフトウェア、マルウェアによる攻撃とそのリスクを把握している人は、IT技術者やパソコン愛好家に限られていました。本作は、日本の映画においてマルウェアを起点とするサイバー攻撃/サイバー犯罪による社会インフラ全体への影響を取り扱った最初期の作品の1つです。
作品中、産業用ロボットに搭載されたレイバー搭載コンピュータを起点にPC/工場制御機器/テレビといった、ネットワークに接続されるあらゆる機器に対してマルウェアが潜伏/侵入し、悪意ある挙動を引き起こす描写は、2020年現在に私たちがたびたび目にするIoT時代のセキュリティをいち早く予見した作品といえます。
また、サイバーセキュリティに携わるものとしては、作中で詳細が語られる事はなかった帆場栄一が「ほとんど自力で開発した」レイバー用OS、ハイパーオペレーティングシステム"HOS" のアーキテクチャ詳細と潜伏されたマルウェアの技術、帆場が行方不明になる際に実施されたと想定される篠原重工社内人事課へのクラッキングと個人情報データ消去手法について考えさせられずにはいられません。
なお、本作品を監督した押井守氏はその後「機動警察パトレイバー2 the Movie」(1993年公開)、「GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊」(1995年公開)でもサイバー攻撃、AR(拡張現実)への攻撃を作品中で取り上げています。これらの作品のファンでその後 IT業界、サイバーセキュリティ業界に進むことになった人は少なくないのではないでしょうか。
『サマーウォーズ』 (2009年公開)
『OZ』と呼ばれるインターネット上の仮想世界を舞台にしたアニメーション作品。世界中から集まるユーザはパソコン/携帯電話/テレビなどから自分のアバターを操り、ショッピングやゲーム、そして行政サービスなどの利用ができ、世界一安全と言われるセキュリティによって個人情報が守られている。
落合 一晴 (シニアセールスエンジニア、筆者)
セキュリティの専門家である侘助が、好きな人の誕生日をiPhoneのパスコードに設定していました。セキュリティソフト大手の「マカフィー」が2016年におこなった調査では、20代~30代の独身女性600人を対象にパスワードに関する意識調査を実施したところ、31.3%の女性が「好きな人に関することをパスワードにしたことがある」と回答しました。
また、その設定内容としては「好きな人の誕生日」をパスワードに使用したことがある人が55.9%と、半数以上の女性が好きな人の誕生日を活用した経験があるそうです。最も推測されやすい誕生日をパスコードに設定するのは止めた方がいいですね。
ハリウッド作品と比較して、実写の邦画でハッキング/サイバーセキュリティを正しく描写できている映画がほとんどないのが残念ではありますが、これは、そもそもの製作予算が少なく、また製作期間も短く、サイバーセキュリティの専門家による脚本段階からの徹底的な監修を受けることが難しい、という理由によるものではないかと思われます。
緊急事態宣言が解除され、徐々にではありますが、コロナウイルス禍以前の社会に戻り始めています。しかし、コロナウイルスへの不安に乗じてのサイバー攻撃やネット詐欺はまだまだ横行しています。洋画/邦画ともに、ハッキングが登場する映画/ドラマは多く、そうした作品を通じてネット社会における様々な脅威について人々の理解が深まることを期待していますし、また、作品に刺激を受けて、人々を守るホワイトハットハッカーを目指す人が今後さらに増えていくことを望んでやみません。