ベンチャーキャピタルのサムライインキュベートは2022年2月3日、東京都が推進する「5G技術活用型開発等促進事業」において、5Gイノベーションの街中実装・事業化を推進する「GO BEYOND DIMENSIONS TOKYO」の第1期採択スタートアップ4社を発表しました。採択された企業のプロダクトとその審査内容から、5Gの社会実装に期待されている要素を確認してみましょう。→過去の回はこちらを参照。

災害支援やXRなど幅広いプロダクトが採用

以前より高い期待を集めている5Gですが、スマートフォン以外のユースケース、より具体的に言えば自治体や企業の具体的な5G活用事例は、まだあまり出てきていないというのが正直なところです。それだけに、さまざまな企業や自治体などが、具体的な5Gのユースケース開拓に向けた動きを進めており、その1つとなっているのが東京都です。

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実際、東京都はスタートアップを支援する民間企業と共同で、5Gを活用したスタートアップ企業の開発・事業化を促進する「5G技術活用型開発等促進事業」を展開。2020年度、2021年度ともにITサービス企業やベンチャーキャピタルなど3社が開発プロモーターとして採択されており、開発プロモーターがベンチャー企業を支援して5Gを活用した事業の推進を推し進めています。

そして、2021年度に開発プロモーターの1社として選出されたのが、ベンチャーキャピタルのサムライインキュベートです。

そこで、同社は最長3か年程度で5Gによるイノベーションの街中実装・事業化を推進するアクセラレータープログラム「GO BEYOND DIMENSIONS TOKYO」を実施してスタートアップ企業を募集。2022年2月4日には採択する4社とそのプロジェクトが発表されています。

  • 次世代移動通信システム「5G」とは 第62回

    サムライインキュベートは2022年2月4日に「GO BEYOND DIMENSIONS TOKYO」の第1期採択スタートアップ4社を発表。5Gを活用した多岐にわたるプロダクトが支援対象となる

1つ目は、配送関連のソリューションを提供するイーパーによる「5Gを活用した自動配送ロボットによる非対面配送」。

完全非対面での配送が可能なロボット「LOMBY」を、高速・低遅延の5Gを活用して地方から遠隔操作することにより、非対面での配送、なおかつラストワンマイルの配送で課題となっている配送員の不足を解消する取り組みとなるようです。

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    イーパーのプロダクト概要概要。5Gを通じて宅配ロボットを地方から遠隔で操作し、宅配を担うことで配送員不足を解消し、なおかつ非対面での配送を実現する狙いがある

2つ目は、サイトセンシングによる「ドローンの自動飛行撮影による被災状況リアルタイム把握」です。

同社はGPSが利用できない場所で位置を測位する“アンチGPS”の技術を持つベンチャー企業で、その技術を活用したドローンと5Gの高速通信を生かして、豪雨などでGPSが利用できない災害現場の状況を正確に把握するとともに、さまざまなソフトウェアと組み合わせて画像を解析し、救助する人数を把握したり、避難勧告が必要なエリアを特定したりするなどの取り組みを進めるとのことです。

  • 次世代移動通信システム「5G」とは 第62回

    サイトセンシングのプロダクト概要。GPSを使わずに位置を測定してドローンを飛行させながら、5Gの高速通信により現場の高精細な映像を送信し、解析して救助などに役立てる仕組みだ

3つ目はシナスタジアの「5Gによる大量普及型XR顧客体験価値向上サービス」。同社ではXR技術を用いて観光客に移動中の体験価値を向上させるサービスを提供していますが、XR映像処理には観光バスなどに高性能かつ高価なコンピューターなどを搭載する必要があることから、5Gの低遅延を生かしてクラウドで処理することにより、機器コストを押さえてより多くのバスなどに搭載することを目指すようです。

  • 次世代移動通信システム「5G」とは 第62回

    シナスタジアのプロダクト。XRを活用した観光サービスのシステムを、5Gを活用しクラウドで動作させることで低コスト化を推し進め、複数の観光バスで展開できるようにする

そして、4つ目は音楽を通じた感性の情報から適した場所を見つけるアプリなどを提供しているPlacyという企業のプロダクト。同社が強みとする音楽データと感性、そして5Gの高速大容量通信やAI、ARなどの技術を生かして街の魅力を高めたり、オフィスに付加価値を与えたりするサービスの具体化に取り組むとしています。

  • 次世代移動通信システム「5G」とは 第62回

    Placyのプロダクト。5Gを通じて音楽からオフィスなどにいる人の感性を可視化し、環境に合う音楽を流すなどして場所の価値創出を進めるものになる

審査では5Gの特性を考慮した実現性を重視か

GO BEYOND DIMENSIONS TOKYOでは東京都が抱える「防災・減災・災害復旧」「インフラメンテナンス」「交通・物流・サプライチェーン」など、東京都が抱える課題を解決するテーマに沿った内容でスタートアップのアイデアを募集し、10社以上から応募があったようです。

その中から選出されたのが先の4社となるわけですが、サムライインキュベートがこれらを選出した理由はどこにあるのでしょうか。

発表内容を見るに、その1つは実現性の高いプロダクトであることのようです。5Gは高い性能を持つとはいえ万能ではないことから、選出するプロダクトも5Gの性能を理解し、それを具体的なサービスやソリューションに落とし込んで実用化につなげられるものでなければ意味がありません。

そこで、GO BEYOND DIMENSIONS TOKYOでは、街中でのサービス実装に向けた実証をする場所や顧客を持つ「街中実装パートナー」となる企業や大学などが参加。

必要なアセットの提供などをすることで、実証だけで終わることなく具体的な社会実装を見据えていることから、街中実装パートナーとの協業で実現性が見込めることを重視してプロダクトを選定するに至ったといえるでしょう。

  • 次世代移動通信システム「5G」とは 第62回

    GO BEYOND DIMENSIONS TOKYOでは場所や顧客を持つ「街中実装パートナー」が参加し、スタートアップと共同でプロダクトに取り組むことでその実現性を高める狙いがある

そして、もう1つは同社が5Gで将来目指すビジョンとして掲げている「AI・データ活用のケータイ化」です。サムライインキュベート Director Enterprise Groupの山中良太氏によりますと、これはAIやデータの活用が携帯電話のように、いつでも誰でも手軽に利用できることだといいます。

5Gが持つ「高速大容量」「低遅延」「多数同時接続」といった特徴によって、デバイス側に高性能なコンピューターを搭載する必要なく、クラウドとネットワークなどを活用して高度な処理が実現できるようになるというわけです。

これにより、デバイス側に搭載する機器が低価格で済み、価格も劇的に安くできることから、AIやデータの利活用といった高度な処理を誰でも活用できるようになり、イノベーション創出につながると同社では見ているようです。

  • 次世代移動通信システム「5G」とは 第62回

    サムライインキュベートでは、5Gでさまざまな機器がネットワークに接続することで、デバイスのコストを下げAIやデータの利活用がしやすくなり、それらを活用したイノベーションが急速に広がると見ているようだ

山中氏は、ビジョンの実現が本格化するのは2022年からになるのではないかと話しています。その理由は、標準化団体の3GPPが定めた5Gの次の仕様「リリース16」に対応した機器の実装が本格化するのが2022年からになると予測しているためです。

リリース16の実装によって低遅延や多数同時接続など、5Gの性能を本格的に発揮できる環境が整うことから、そうしたタイミングで実現性が高いプロダクトを選定したといえそうです。

選定されたプロダクトはその内容にもよりますが、数か月から長いものであれば3年にわたって開発や実証が進められる予定です。各社の取り組みから5Gを活用した具体的なサービスやソリューションの創出につながることを期待したいところです。