NTT東日本と東京都農林水産振興財団らは2021年6月25日、ローカル5Gを活用した遠隔での農業支援の実証実験を開始すると発表。ローカル5Gと4Kカメラなどを活用し、農作物の様子を遠隔で確認したり、指導したりする取り組みとなりますが、そのポイントと実用に向けた課題について確認してみましょう。
ローカル5Gを通じ遠隔での確認や指導を実施
さまざまな産業での活用が期待されている5Gですが、黎明期の現在は具体的なユースケースの開拓が求められている状況でもあります。それゆえ通信事業者は、さまざまな企業や自治体などとユースケース開拓に向けた実証実験を進めており、そうした取り組みの1つとなるのがNTT東日本が2021年6月25日に開始を発表した実証実験となります。
これはNTT東日本と、東京都の政策連携団体である東京都農林水産振興財団、そしてNTT東日本のグループ企業であるNTTアグリテクノロジーの3者が共同で実施するもので、ローカル5Gを活用した新しい農業技術を実現するための実証実験となります。
実証実験の場となるのは東京都調布市にあるNTT東日本の研修センター内で、ここにトマトを栽培する試験用のほ場(農作物を育てる場所)を設置。このほ場は、全自動で温度や湿度などを制御して最適な環境に制御してくれる仕組みを備えた最先端のハウス型の設備なのですが、その中にローカル5Gの基地局を設置し、ローカル5Gのネットワークを通じ遠隔でほ場内の管理や制御ができるのが大きなポイントとなっています。
具体的には、ほ場の各所に設置された4Kカメラや360度カメラなどの映像を立川市の東京都農林総合研究センターに伝送し、遠隔でハウス内の様子を確認ができるとのこと。また走行型のカメラを用意することで、遠隔操作で好きな場所に移動し、苗の生育状況などを確認できるようにもなっています。
そしてもう1つ、この実証実験ではスマートグラスも活用しており、スマートグラスから伝送された映像を見ながら遠隔で指示を出すことにより、農業に詳しい人が現地に赴く必要なく適切な管理や処置ができる仕組みを用意しているとのこと。実際今回の実証実験では農業経験のない人が、このスマートグラスを活用することで広い敷地のトマト栽培を担当しているのだそうです。
しかし、なぜNTT東日本と東京都が新しい農業の形を実現する実証実験を進めているのでしょうか。NTTアグリテクノロジーの代表取締役社長である酒井大雅氏によりますと、大きな理由の1つは、やはり少子高齢化による農業の担い手不足にあるようです。
とりわけ農業従事者は高齢者が多く、後継者も少ないことから高齢化による担い手不足が顕著となっています。しかも東京都は農地自体が狭いことから、新しい就農者を増やす上でも、省力化と生産性向上を両立することで収穫量を増やし、より稼げる農業を実現するべく新技術によるサポートが求められているのだそうです。
またもう1つ、実際に農業に従事する生産者だけでなく、その生産者に農業の指導をする指導員が減少していることも大きな理由となっているようです。東京都の農地は小規模で各地に分散していることから、指導員がすべての生産者を回って指導するのは難しいとのこと。そうしたことから、スマートグラスなどを用いた遠隔による指導の実現によって、農業指導の効率化を図る狙いも大きいのだそうです。
高解像度の映像伝送にメリット、コスト面の課題は
そして、数ある通信方式の中からローカル5Gを選んだ理由として挙げられていたのは、5Gの高速大容量通信を活用した高精細な映像伝送のようです。遠隔で農作物などの細かな状況を知るには、細部まで表現できる高い解像度の映像伝送が必要ですが、今回使用しているのは帯域幅が広く高速伝送に適した28GHz帯であり、4K解像度の映像をリアルタイムに伝送できることから、遠隔でも現場の状況を確認するのに十分だと評価されているようです。
ですが今回の実証実験でほ場に設置されている基地局は1つだけなので、障害物に弱いとされる28GHz帯を使って、トマトの苗がある450平方メートルのハウス内を全てカバーできるのか?という点は気になる所。ですが現場の担当者によるとこれくらいの広さであれば、28GHz帯でも問題なくカバーはできるとのことでした。
この実証実験は2020年から3年にわたって実施されているそうで、1年目は実証実験の場となるほ場を用意し、農作物の栽培を始めるなどの環境整備を進めていたとのこと。それゆえローカル5Gを活用した遠隔での管理や指導などは2021年から本格化させているそうで、2022年には遠隔操作できるドローンやAI技術を活用し、適切なタイミングで着果促進剤を噴霧することなども検討されているそうです。
そして、実証実験期間が終了した2023年以降は実装を進めていくフェーズに移りたいとのことですが、実際に生産者への導入を進める上で、気になるのはコスト面です。現状のローカル5Gはネットワークを構成する機材のコストが高いことから、とりわけ小規模な事業者が多い生産者からして見れば、どんなに便利であっても導入コストが非常に高いハードルとなってしまうように感じられます。
この点について、NTT東日本の執行役員 経営企画部 営業戦略推進室長である加藤成晴氏は「現在は携帯電話事業者向けの製品が主で、ほ場だけで使うにはよりダウンサイズしたものが必要」と答えています。来年にはより低コストの装置が出てくると見ているようですが、NTT東日本としてはより一層の低コストを求めていきたい考えのようです。
また、酒井氏はローカル5Gなどの機材を1人だけでなく、複数の生産者でシェアして使うなどして負担を減らすなど、より生産者の側が低コストで導入しやすい仕組みなども検討しているとのことでした。ローカル5G、ひいては5Gの活用が大企業に限られてしまってはその恩恵も限定的となってしまうだけに、低コストでより多くの事業者が利用しやすい仕組みをいかに構築できるかどうかは、農業に限らず多くの業界で5G活用を広める上で大きな試金石になってくるといえ、各社の取り組みに期待したいところです。