コロナ禍によるショップの営業縮小に加え、政府の端末値引き規制で高額な5G対応スマートフォンの大幅値引きができなくなったことが、国内の5Gの普及を阻んでいます。この状況を打破するには低価格の5G対応スマートフォンの登場が待たれる所ですが、その鍵を握るのはチップセットです。
政府の端末値引き規制が5Gの普及を阻む
2020年3月にサービスを開始し他国内の5Gですが、5G対応スマートフォンの販売が思うように伸びず普及に遅れが出ているようです。実際、KDDI代表取締役社長の高橋誠氏は2020年7月31日の決算会見で、端末販売が前年同期比で45万台も減少しており、5Gスマートフォンへの買い替えが進まず「少々焦りを感じている」と危機感を示していました。
その要因は、1つに新型コロナウイルスの感染拡大で携帯電話ショップの営業時間短縮を余儀なくされたこと。しかし、もう1つ大きな要因となっているのは、2019年10月に実施された電気通信事業法改正でスマートフォンの大幅値引きが規制されたことです。
日本ではこれまで、スマートフォンを大幅に値引いて販売し、その値引き分を毎月の通信料から回収するという販売手法によって、新しい通信方式に対応したスマートフォンをスピーディーに普及させることに成功してきました。ですが、その販売方法が日本の携帯電話料金を高止まりさせる主因だとして法改正がなされ、実質的に禁止されてしまった訳です。
しかも今回の法改正は、4Gから5Gへと通信方式の入れ替えを進めなければいけないタイミングに直撃してしまいました。現在の5G対応スマートフォンはハイエンドモデルが大半を占めており、価格も10万円は下らないものがほとんどなので、値引き規制が消費者の買い替え需要を冷え込ませ、5Gスマートフォンの普及を阻んでいることは間違いないでしょう。
5Gを推進しなければならないはずの国が5Gの普及を阻害しているというのは何とも皮肉な話ですが、だからといって携帯電話会社として、今後のビジネスを考えれば5Gの普及を進めない訳にもいきません。そこで今後重要になってくるのが、より安価に購入できる5G対応スマートフォンのラインアップ拡大です。
そもそも5Gとスマートフォンの性能は、必ずしも一致していなければならない訳ではありません。今後、5Gを広く普及させるなら低価格スマートフォンの5G対応も進めていく必要があるのです。それににもかかわらず、なぜ5G対応スマートフォンはハイエンドモデルが多くを占めているのかというと、その理由はチップセットにあります。
低価格スマホ向け5Gチップセットが急増
新しい通信方式に対応したデバイスを開発するにはコストがかかりますし、当初はある程度の処理性能も求められます。そうしたことからチップセットメーカーが新しい通信方式に対応させる場合、まずはハイエンド向けのチップセットから対応を進めることが一般的なのです。
つまり5G対応スマートフォンが高額なのは、5Gのモデムに対応するチップセットがハイエンド向けのものしか存在しなかったからなのです。それゆえ世界的に5Gのサービス開始が相次いだ2019年時点では大半の5Gスマートフォンがハイエンドモデルで、どんなに価格を下げても日本円で8万円台くらいが限界だったようです。
しかしながら2020年に入ると、チップセットメーカーもミドルクラス向けの5G対応チップセットに力を入れるようになってきました。実際、クアルコムは2019年末にミドルクラスよりやや上の性能を持つスマートフォン向けの5G対応チップセット「Snapdragon 765」シリーズを発表しています。
そして日本にも、Snapdragon 765シリーズの1つである「Snapdragon 765G」を搭載した比較的安い5G対応スマートフォンが投入されつつあります。ソフトバンクが2020年7月31日に発売したオッポ製の「Reno3 5G」や、KDDIが2020年8月5日に発売するZTE製の「a1」がそれに当たり、オンラインショップを見ると値引きなしの一括価格で前者は6万8400円、後者は5万9980円。各社の値引き施策を含めると実質3万円台で購入できることから、従来の5Gスマートフォンと比べかなり安価に購入できることが分かります。
クアルコムだけでなく、ハイシリコン・テクノロジーもミドルハイクラス向けの5G対応チップセット「Kirin 820」を提供。こちらも親会社のファーウェイ・テクノロジーズが日本でも投入している5G対応SIMフリースマートフォン「HUAWEI P40 lite 5G」に搭載されており、値引きなしで3万9800円と非常に安価です。
さらに今後を見通すと、クアルコムはSnapdragon 765より下のクラスのスマートフォンに向けた5G対応チップセット「Snapdragon 690 5G」を2020年6月に発表しており、シャープのほか、LGエレクトロニクスやTCLなど日本に進出している複数のメーカーが採用を表明しています。またミドルクラス向けのチップセットに強みを持つ台湾のメディアテックもミドルクラス向けの「Dimensity 800」シリーズを発表しており、こちらを採用した端末の投入も期待される所です。
こうした状況を見ると、2021年には3万円台の5G対応スマートフォンが急増すると考えられ、値引きなしでもかなり購入しやすくなることから5Gの普及に大きく貢献するものと考えられます。政府がスマートフォンの値引き規制に前のめりで取り組んでいる現状を考えると、日本での5Gの普及はこうしたミドルクラスのチップセットと、それを採用したスマートフォンにかかっているといえそうです。