クルマの運転なら、経験者はたくさんいる。鉄道車両を運転した経験がある人は鉄道事業者の関係者に限られるが、運転台の後ろに「かぶりついて」見ることはできる。飛行機の操縦を経験した人はグッと少なくなるが、フライト・シミュレータのゲームはいろいろある。では、船舶はどうだろうか? そこで本連載「乗り物とIT」の初回となる今回は、船舶の運航を支える機器・システムについて解説する。記事の執筆に際してお話をうかがった東京計器の皆さんに、まずは謝意を申し上げたい。
クルマの運転と船舶の操船の違い
クルマを運転する場合、自分がどこにいて、どの道をどちらに向けて走っているかを把握した上で、どちらに向けてクルマを向かわせるかを判断して、曲がる場所や車線の選択を行っている。さらに、周囲の車や人との意図せざる接触を防ぐために、周囲の状況を常に見張り、衝突を避けるように運転している。
これをすべてドライバーが1人でやっているわけだ。
ところが船舶では事情を異にする。小さなレジャーボートや漁船では話が違うが、ある程度の大きさを持つ船舶になると、「航法」と「操船指示」と「舵の操作」は別々の人が分担する場面が増えてくる。
つまり、海図台についた航海士が現在位置を把握するとともに、その後の針路について情報を上げる。また、目視による見張りを行ったり、レーダーを作動させたりして、周囲にいる行き会い船の動向を把握する。
そうした情報を基にして、船長が舵を切る方向やとるべき針路を指示する。すると、操舵手がそれを受けて舵を操作する。
港湾に出入りするような場面ではさらに、水先案内人(パイロット)が乗船してきて、船橋で所要の指示を出す。港によって水路の状況はさまざまだから、現地の状況をよく心得ている水先案内人をつけるわけだ。
しかし、こうしたやり方をとる場合、複数の担当者の間で意思の疎通や情報伝達がうまく行くかどうかが問題になる。実際、接触や衝突といった事故の多くは、状況の把握と報告、あるいは指示の伝達といった過程における、ヒューマン・エラーに起因しているという。
また、機能ごとに担当者を置くと、人手を多く必要とするので、経済性を重んじる商船ではコストの問題にもつながる。
そこで情報通信技術を駆使して、省人化を図ったり、安全性の向上を図ったりといった流れができた。それが本稿の本題である。まずは、船舶の運航がどのように行われているか、そこでどういった機器やシステムが使われているのか、といった話に移る。
船舶の航行に関わる機器
後述するように、船舶の運航に関わる機器はいろいろあるが、東京計器はその中でも特に、ジャイロコンパスとオートパイロットを得意としているという。
前述したような、人手による航法・操船を行うのは主として、陸地に近い場所や港に出入りする場面である。そういう場所では航路帯が決められているから、そこから外れないように航行する必要があるし、行き会い船が多いから衝突回避が重要になる。
しかし、広い外洋に出てしまえば航路帯が決まっているわけではないし、行き会い船も少なくなる。すると、針路を設定してオートパイロットで自動航行させれば済む。そこでジャイロコンパスが関わってくる。
ジャイロコンパスとは、地球ゴマの原理を利用して方位を把握する機械だ。方位磁石は地磁気を利用して南北の方向を知るが、ジャイロコンパスは高速で回転するコマの動きを利用して南北の方向を知る。それによって南北の方向が分かれば、それを基準にして針路を判断したり、変更したりできる。
そして、指定した方位に向かう針路を保つように自動的に舵を切りながら航行する機能を提供するのが、船舶のオートパイロットである。飛行機と違って2次元の操縦操作だが、そこではジャイロコンパスとオートパイロットの間で情報のやりとりが発生していることになる。
ただし実際には、空に気流があるように、海には潮流がある。ただ真っ直ぐ走っているつもりでも、実際には潮流によって下流側に流されてしまうので、修正を必要とする。すると、細々した操船が必要になって燃費が悪くなる。
もっとも、同じ海域を何度も行き来している船長なら潮流の状況は頭に入っているので、最初から流されることを前提にして針路を設定することもあるという。例えば、針路の右手から潮流を受ける場合、わざと所定の針路よりも右寄りに進路を設定すると、流されてちょうどよくなるわけだ。
航行用の機器いろいろ
南北がわからなければ話にならないので、ジャイロコンパスは必須である。また、クルマを走らせる際に地図を見るのと同様に、海の上では海図を見る。
その海図は、昔は紙の海図だったが、今は電子海図情報表示装置(ECDIS : Electronic Chart Display and Information System)が広く使われている。紙の地図に代えて、カーナビやスマートフォンの地図アプリを使うのと似ている。
また、現在位置を絶対座標で知る手段が必要だ。昔からある方法は天測、つまり星の位置を六分儀で測って、得られたデータを「天測暦」や「天測計算表」と照合する方法だ。もっとも現在は、GPS(Global Positioning System)という便利なものがある。
そのほか、船舶には測程儀(ログ)という機器がついている。対水速力(周囲の水との相対速度)の情報に基づいて、速力や航行距離を知る機器だ。
周囲の行き会い船の有無や位置関係を調べるには、前述したように、目視による見張りやレーダーを使う。レーダーでは「船舶がいる」ということしか分からないが、今はトン数300トンを超える船舶に設置が義務付けられている船舶自動識別システム(AIS : Automatic Identification System)を利用することで、個々の船舶の身元もわかる。
そして、海象に関する情報を表示する機器もある。船舶は海の上を走っているのだから、潮流を初めとする海象に関する情報がなければ、航法が不正確になってしまう可能性がある。
こうした具合に、船舶の航行に関わる機器がいろいろあり、それらが船橋に備え付けられている。しかし、各種の航海関連機器が別々に存在していると、状況把握が面倒になり、ヒューマン・エラーが入り込む余地ができるのは前述した通りだ。そしてもちろん、人手も多く必要とする。
統合化してIBSからINSへ
そこで、安全性の向上と省力化といった観点から、これらの機器を統合化する流れができた。それが、統合船橋システム(IBS : Integrated Bridge System)である。
ただ、メーカーによって仕様や規格や能力水準がバラバラだと具合が悪いので、現在は国際的に標準化された仕様が決められていて、それを統合航法システム(INS : Integrated Navigation System)という。そして、船級(総登簿トンが100t以上の航洋船舶について、船級協会から与えられる等級のこと)に応じて、どんな機器をどれだけ備え付けるかが決まっている。
IBSにしろINSにしろ、前述した各種の機器がネットワークを通じて連接しており、相互にデータをやりとりできるようになっている。そして、状況の表示、あるいはデータや指令を入力する手段として、多機能ディスプレイ(MFD : Multi Function Display)を備えたコンソールを船橋に設置する。
飛行機のグラスコックピットを思い浮かべていただくと、理解しやすいかも知れない。「多機能」ディスプレイだから、表示モードの切り替えができる。こうすれば、ひとりの担当者しかいなくても、画面の切り替えによってさまざまな情報を得ることができる。
また、複数の情報を融合・重畳することで、個別に表示する場合と比べて状況認識を改善する効果を期待できる。例えば、ECDISに測位情報を入力すれば、現在位置と周囲の地形・水路状況をまとめて把握できる。レーダーとAISのデータを重畳すれば、行き会い船の位置と身元が一目で分かる。
このIBS/INSだが、省人化や安全性向上に効果があるものの、当然ながら費用の問題はついて回る。コストと利点のトレードオフが生じるところは、船舶に限らず、航空機でも鉄道でも自動車でも同じであろう。
そのため、海底油田や海底ガス田の開発に関わる、いわゆるオフショア業界、あるいは豪華クルーズ客船のような、高価で高付加価値の船舶の方が、IBS/INSの導入が進みやすい傾向があるという。
といったところで、続きは「後編」に譲る。