前回の続きです。
僕は一瞬、画塾の先生が何を言っているのかわからなかった。でも、なるほどそうか! モチーフの形を追いながら、その周りの空間を形として捉えたとき、より正確に、より早く、モチーフの形を捉えることが出来る! とんでもなくいいアドバイスだ!
確かに、この教えで、僕の画力は劇的に早く正確になった。美大も現役合格! ついでにその数カ月後に、応募したマンガで賞をいただきプロのマンガ家としてデビュー、とんとん拍子。余白を活かした画面構図とコマ運び。ストーリーもどこか余韻を感じさせる内容で一目おかれる。画塾に通ってよかった! 画塾バンザーイ! おい! 画塾~! なんで初日にそのことを教えてくれなかったのか! なんで耳元で小声でなのか! 初日からズバッとハッキリ言ってくれればいいのに~、コノヤロー! ツンツン!
かくして、僕は、「何もない空間をみること」、「何もない空間を活かすこと」については常に意識的で、このことは、今の創作にもおおいに役立っているというわけです。
前回のこの、ただの風景写真の絵葉書、一見、この何もない空間に、みごとな曲線、逆さ富士のフィボナッチ曲線が隠されているのです! (※フィボナッチ曲線については夜中のサバイバル第30回をご覧下さい)
買った「無」の書はまだ手元に無い。インターネットのオークションサイトで買ったので、まだ商品は到着していない。「無」が来たら、この壁に飾ろう。 まだ、ほんとに「無」の何も無い壁を見つめながら、僕は「無」を買ったことについて考えてみる。
「無」にお金を使ってしまったけど、そもそも、僕の仕事も「無」を売ってるようなものだ。これまで誰かに買ってもらったマンガや映像、デザインも、生活必需品ではない。目には見えないようなものを買っていただいた。
玄関のチャイムがなり、「無」が届いた。幾重にも梱包された「無」が顕になった。じっと「無」をみる。
作者、勅使河原蒼風(草月流家元 明治33年ー昭和54年)。いつ頃書かれたものかわからないけど、墨のハネや滲み、微妙な濃淡は見飽きることが無い。左下には蒼風の朱色の判子が押してある。けして無駄な買い物ではなかったと思う。気になるお値段の方は……ジャンジャン! 1万円以下である。オークションで誰とも競らなかった。それだけ、勅使河原蒼風という存在が今の日本で忘れ去られているということです。存在が無に近づいている。このこと自体はたいへんよくない。でも作品が安く手にはいるのはたいへんうれしい。
「無」を、壁に掛けるためには「額縁」が必要だと思った。「無」を買ってしまったら、買い物のピリオド。もう他に買うものが無くなってしまったんじゃないかと寂しく思ったけど、まだ「無」を入れる額縁を買っていなかった。
タナカカツキ
1966年、大阪府出身。18歳でマンガ家デビュー。以後、映像作家、アーティストとしても活躍。マンガ家として『オッス! トン子ちゃん』、『バカドリル』(天久聖一との共著)など作品多数。1995年に、フルCGアニメ『カエルマン』発売。CM、PV、テレビ番組のオープニングなど、様々な映像制作を手がける。映像作品『ALTOVISION』では「After Effects」や「3ds Max」を駆使して、斬新な映像表現に挑んだ。キリンジのアルバム『BUOYANCY』など、CDのアートディレクションも手掛ける。