できたばかりのアニメーション制作会社の処女作が、アカデミー賞にノミネートされた――そんな鮮烈な話題で一躍注目を浴びたのが、堤大介氏とロバート・コンドウ氏の共同監督によるオリジナル短編アニメーション映画『ダム・キーパー』。『トイ・ストーリー3』や『モンスターズ・ユニバーシティ』のアートディレクターをつとめたふたりが、ピクサーから独立してはじめて発表した作品だった。

まるでこの展開自体がアニメの中の出来事であるかのような、ドラマチックなエピソード。それに惹かれて、同賞の授賞式開催地の米国、堤監督の母国・日本など各国のメディアが注目(もちろんそこにマイナビニュースも含まれる)。今回は、活動の拠点であるアメリカを離れ来日していた堤大介監督に、ロングインタビューを敢行。堤氏が絵の道に進んだきっかけから、世界に名だたるピクサーに在籍しながら独立した理由、日本のアニメーション制作会社と協業する理由などについて聞いていく。

全3回に分けてお届けする本インタビュー。第3回は、第2回で語られたアカデミー賞ノミネートなど、アメリカで成功を収めている堤氏が、なぜ今、日本のアニメーション制作会社と協業しているのかという理由と、同氏から見た日本のアニメ業界の現状と未来について語っていただいた。

堤大介氏

――今、何か作品は作られていますか?

今取り組んでいる作品のお話をすると、ショートフィルムを日本で制作しています。

アニメーション業界の慣例は日米でまったく異なりますし、面と向かって会う機会がないため、一緒に絵を描きながら相談するというやり方はできません。そのため、クリアな指示をメールやSkypeでしなくてはいけない。僕もロバートもアメリカでの制作だけをやってきたので、いい勉強の場になっています。

――今年に入って日本のアニメ制作会社と提携されるなど、アメリカを拠点としながらも日本での展開も視野に入れているように感じます。今後の展開についてお話しいただけますでしょうか。

いまお話したショートフィルムは新作アニメーションで、日本のふたつのアニメスタジオ、マーザ・アニメーションプラネットさんとスティーブン・スティーブンさんと進行しているプロジェクトです。

もうひとつは、『ダム・キーパー』の長編3Dアニメーションです。僕たちのメインプロジェクトですね。アメリカで企画・デザインを行って、こちらは日本のアニメ制作会社・アニマさんとコラボレーションして作っていこうと考えています。

日本の優秀なアーティストたちの力をもっと世界に見せていきたいなということもありますし、僕らにはハリウッド型の、世界マーケット向けの映画制作の経験しかないので、日本国内で映画を作り、日本のマーケットだけを対象に興行収入を得るというかたちではなくて、全世界で上映できるような企画を、日本発で制作していくことを目指しています。

『ダム・キーパー』コンセプトアート

――アメリカ国内での制作ではなく、日本のアニメ制作会社と提携された理由は?

アメリカに渡って20年以上経ってはいますが、僕自身、日本人であるということは常に意識して生きてきました。日本のクリエイターの方々と仕事をする機会があれば、ぜひ取り組んでいきたいというのが理由のひとつです。ですが、それは日本に帰国して日本のアニメーション制作会社に就職するということではなくて、アメリカで制作をするなかで培ったノウハウを生かして一緒にコラボレーションができたらと思っています。

僕らがピクサーを辞めた理由は、先ほどお話しした通り、チャレンジすることで自分たちが成長するというところにありました。同じように、日本のアニメーション業界にも、現状に満足せず、チャレンジしていきたいと考えてくれているクリエイターが少なからずいると思うんです。

特に、日本のCGアニメーション制作に関して言えば、ピクサーのようなところを目指して、そこで働きたいと考えている方々がいます。だから、僕らが学んできたピクサーのノウハウをシェアしながら、そういう人たちと一緒に作品を作っていければ、きっともっとたくさんの日本人が、海外のトップスタジオで活躍できるケースも増えていきますし、その先に、世界中の才能が日本に集まるような環境ができればいいですよね。

ピクサーの強みはアメリカにあることじゃなくて、世界中からトップタレントが集まってくることなんです。だからこそピクサーの作品がアメリカ産という事を超えているんだと思います。僕らトンコハウスはそのきっかけとなる小さなお手伝いができれば…と思っています。

『ダム・キーパー』場面カット

――日本のアニメ業界を変えたい、というようなことなのでしょうか。

そういうことではないですね。日本には世界に誇るアニメ文化がすでに確立していますし、現状のものを守る事も大切だと思います。それとは別に、僕らはただ、自分たちと似たような人間を探しているんです。

僕らの経験上、人は成長している時こそ、いい仕事をするって思っています。ですので、変化を怖がらず挑戦できる人と一緒に仕事をするのは楽しいし、自分たちもそうでいたい。そして、いい作品はかならずそこから生まれると信じています。

一番初めに僕らにアプローチしてきた日本のアニメーション制作会社・アニマさんは、CGアニメーションの会社としては正直なところ規模もそこまで大きくはないですし、長編映画を作った経験もまったくありません。でも、自分たちが変わりたいという、僕らと同じような考えを持った人たちが経営をされています。彼らと一緒に仕事をすることで、僕らも成長していけると感じて、今回タッグを組むことにしました。

アニマさんとの提携を発表した時、多くの人から「なんで?」と聞かれました。でも、僕らにとっては自然にアニマさんの経営陣の人と波長があったんです。アニマさんは変わる事への恐怖がないように見えました。

外国に住んでいる日本人の中は、「日本人としての誇り」を強く持っている人が本当に多いんです。アニメーションの世界に生きてきた僕にとって、日本という国は自慢の祖国です。でもあえていうならば、日本の可能性はまだまだ成熟していないって僕は思っています。僕みたいな外国でやってきたアニメーション作家が、日本人として日本のクリエイターとコラボすることで、何か化学反応が起これば、と願っています。

――アメリカでアニメーション制作のキャリアを積んでこられた堤さんから見て、日本のアニメ業界はどう見えますか?

『ダム・キーパー』場面カット

日本のアニメーション文化は本当に素晴らしいですし、今もなお手描きのアニメーションが商業として成立しているというのは本当に希有なことです。アメリカでは、今2Dの手描きアニメーションというのはほぼ絶滅していますから。

アメリカでは手描きのアニメーションの制作がある時期からほぼ完全にストップしてしまったので、クリエイターが皆3Dに移行せざるを得ない状況になったんです。技術力のある手描きのアニメーターは、3Dアニメーションを作ってもやはりものすごくうまくて、アメリカにはそういった手描き出身の優秀な3Dアニメーターが本当にたくさんいます。2Dアニメーションの衰退が、3Dアニメーションの興隆をもたらしたんです。

一方、日本ではまだまだ2Dのアニメーションが非常に盛んなので、手描きの技術力あるアニメーターが、3Dアニメーションの制作へ移行するという例が非常に少ない。その結果として、他国と比較した際に、3Dアニメーションの出来栄えに差が出てしまうという現状は受け止めなければいけません。

そこでよく聞くのが、「低予算でできるという強み」という事なんですが、近年、インドやシンガポール、中国など他国でのCGアニメーション制作のクオリティーが上がってきて、しかも単価は日本よりも安くできてしまいます。カナダやイギリスを含め、他にも政府からのアニメ制作へ援助があるところは、人材も豊富で、トレーニングもしっかりしています。それらの国は、世界中のトップスタジオへふんだんに人材を派遣し、長期計画で自国の才能を育んでいます。

そういった状況を見ると、「低予算でできる」という事だけでは今後難しいかもしれません。そうなれば、やはり最後は"日本にしかできないクオリティー"をつくる以外に、生き残る道はないのかな、と。

――最後に、日本のアニメ業界に関して、堤さんから見た「展望」あるいは「期待」などをお話いただけますでしょうか。

日本のアニメーションは今や世界的に受け入れられていますし、守り続けていく価値のある文化です。ですが、それ「だけ」を作って、それ「しか」できなくなってしまうのは危険だと感じます。今の素晴らしい文化も守りながら、違うスタイルのアニメーションを作れる人たちを育てていかなくてはいけないのかな、と。

外から見るピクサーと、僕らが見てきたその「中」は、まったく違うと思うんです。だから、僕らのように海外でやってきた人間と一緒に制作をしていくことで、「こんな違う作り方があるんだ」と気づいてもらえれば嬉しいですね。

僕が一番望んでいるのは、そういった意識改革的なところです。アニメーションのことに限らず、海外に行って生活するだけで、視界はまったく変わってくる。ずっと日本で育ってきた方が、「こういうやり方はダメだと考えていたけれど、違う国ではアリなんだ」と発見したり。そういう気づきがあるだけでも、これからのアニメーション業界は全然違ってくると思うんです。既存の方法とは異なる作り方に興味を持つクリエイターが増えることで、これまでとはまた違った、素晴らしい作品が出てくるのではないかと期待しています。

取材協力:ほぼ日刊イトイ新聞
撮影協力:音と言葉“ヘイデンブックス”(HADEN BOOKS)