企業におけるITリソースの利用形態として、オンプレミスとクラウドを組み合わせて利用する「ハイブリッドクラウド」、あるいは複数のクラウドサービスを用途によって使い分ける「マルチクラウド」などが一般的になったことで、企業における「IT投資」のポートフォリオは、オンプレミスのみが前提だった時代とは大きく様変わりしています。
DX時代に、ITリソースやデータの「経営資産」としての重要性は、より高まります。そのため、これらを活用するための「費用」を、ガバナンスを利かせながらコントロールしていくための新しい考え方が必要になっています。今回は、クラウドの利用拡大に伴い、以前とは異なるアプローチが求められるようになっている「IT投資」のガバナンスのあり方について、基本的な考え方をまとめます。
「固定費」としてのオンプレミスと「変動費」としてのクラウド
ITシステムにかかる費用を、管理会計の視点で分類すると、大きく「固定費」と「変動費」に分かれます。オンプレミスでシステムを構築する場合、その機材取得の費用は「固定費」に該当します。また、ハードウェアだけでなく、独自開発やパッケージとして導入したソフトウェアも固定費として計上されるケースがあります。通常、これらは会計上「固定資産」として扱われ、数年にわたる減価償却での費用計上が必要となります。
一方で、クラウドの場合は、決められた期間ごとに、その間に利用したリソース量やユーザー数などに基づく「従量課金」が基本となるため、「変動費」として費用計上されることになります。
では、固定費、変動費という「費用モデル」の違いが、プロジェクトに与える影響を考えてみましょう。
「固定費」として、オンプレミスで機材の取得やシステム開発を行った場合、一度計上してしまった金額は変えることができません。仮に、計画時の見込みが間違っていたり、市場環境の変化するスピードが予想を上回ったりといった要因でプロジェクトが失敗した場合、そのプロジェクトにひも付いた減価償却は消えることなく、数年にわたる負債として残ります。
一方で、クラウドを活用してITリソースの調達を「変動費」として計上する場合にはどうでしょうか。この場合、仮にプロジェクトが失敗しても、サービス利用を停止することでそれ以降の費用は発生しないため、上述のような減価償却の負債リスクを低減できます。加えて、プロジェクトを小規模なリソースで立ち上げ、状況を見ながらスケールさせていくことが当初より計画されていれば、プロジェクト失敗に伴う費用面での損失は、さらに小さく抑えることが可能です。
ここだけを見ると「オンプレミスを廃止して、すべてクラウドにしたほうがIT費用は安くなる」ようにも思えますが、問題はそう簡単ではありません。例えば、データを比較的長い期間にわたって蓄積し続けるストレージのような「長期にわたって継続的に変化しない用途」においては、数年単位で見た時に、オンプレミスよりもクラウドのほうが割高になってしまうケースもあります。
下のグラフは、ある製造業のDXプロジェクトにおいて「200ペタバイト」の大規模なデータを保存、活用するためのストレージを調達するにあたり、オンプレミスとクラウドでかかる費用を試算したものです。このケースでは、7年目以降、オンプレミスとクラウドの累計コストが逆転するため「長期間、そのまま利用する前提ならば、オンプレミスでの調達のほうが結果的に安くなる」という結論になりました。
では、ITプロジェクトを進める上で「固定費」と「変動費」のどちらの費用モデルを主に採用すべきでしょうか。これはつまり、ITリソースを「オンプレミス」と「クラウド」のどちらで調達するべきかという問題と、ほぼ同義です。
結論を言ってしまえば、「適材適所」ということになります。市場変化による影響を受けにくく、長期的に変化のない継続的な利用が見込まれるシステムについては、ITリソースを「固定費」すなわち「オンプレミス」で取得し、運用したほうが結果的なコストメリットは大きくなります。反対に、市場変化が激しい競争領域では、クラウドサービスを活用し、ITリソースを「変動費」として調達することで、ビジネスの柔軟性を高め、コスト上のムダやリスクも抑えられます。
ただ、「VUCA」と呼ばれるほどに社会や経済の変化が激しい昨今において、「変化の影響を受けないITシステム」は、ほぼないというのが実情です。今後、ITに関連する会計は、基本的に、クラウドサービス利用を中心とした「変動費」として扱うケースが増えると思われます。
こうした変化に合わせて、ITプロジェクトにおける「予算」の考え方も、従来とは変えていく必要が出てきています。
従来のオンプレミスとスクラッチ開発を基本としたシステム構築プロジェクトでは、インフラを含むシステム全体の予算を、すべて「固定費」として扱い、確定したものとして年間予算に反映していました。しかし、クラウドによる従量課金が一般的になると、基本的に請求確定まで費用は「不定」となるため、事前に正確な見積もりを行うことは難しくなります。特に、複数の部署でクラウドを利用する場合などには、全部署の費用が確定した段階で大幅な予算オーバーが発覚するという問題も出やすく、全体での予算管理に大きな影響が出るリスクも高まります。
マネジメントが把握すべき「コスト改善」と「意識変革」のポイント
ここからは、特にマネジメント層が抑えておくべき、クラウドのコストコントロールにおけるポイントについて紹介します。
一般に、システムの開発や運用を行う現場では、性能の高いハイスペックなITリソース(高性能なCPU、潤沢なメモリやネットワーク帯域等)への要求が高いものです。これは、単なる「気分」の問題ではなく、ハイスペックなITリソースは、作業効率の向上や処理中の待ち時間削減等で、生産性アップに寄与します。また、稼働中のサービスがアクセス集中などでパフォーマンス上の問題を抱えた場合には、一時的にリソースを増強してビジネスへの影響を最小限度に抑えながら、その場をしのぐといった対応がとられる場合もあります。一方で、マネジメント層は事業の収益構造改善のため、クラウドの利用にかかる費用の最適化を、常に念頭に置く必要があります。しかし、単純な「費用圧縮」の押し付けだけでは、現場の業務効率やモチベーションを著しく低下させる恐れがあります。
現場とマネジメント、双方が納得できる「落としどころ」を探るにあたって、ぜひとも活用したいのが、クラウド事業者が提供するディスカウントプランや、より低コストで利用できる機能セットです。事業者によるこうしたオファーを把握し、用途に応じて使い分けることは、コスト最適化に貢献します。下の図は、多くのクラウドベンダーが提供している、費用最適化に活用可能なディスカウントプランや仕組みをまとめたものです。
クラウドには、こうしたプランや仕組みが多くありますが、従来オンプレミスでITリソースを調達してきた企業の中には、このような仕組みを活用して継続的なITコストの「最適化」に取り組む文化がないケースもあります。その結果として、クラウド利用を拡大する初期の段階で、「便利だから」と、コストに関する十分な検討を行う前に導入を始めてしまい、大幅な費用オーバーとなるケースが散見されます。
かといって、それを避けるためにクラウド利用開始時に、都度、精緻な見積もりを要求し、承認を必要とするやり方は、クラウドのメリットである「迅速性」や「柔軟性」を阻害する悪手となります。
ベストな解決策としては、クラウド利用状況の継続的な「モニタリング」と「予測」をベースにした、費用最適化のための仕組みを社内に構築することが挙げられます。クラウド事業者では、特定のアカウントによるリソースの利用状況をリアルタイムに監視し、あらかじめ設定した料金を超えた(または超えそうな)タイミングで、通知を行う機能も提供しています。また、まとまった期間内でのリソース利用状況を分析し、最適な構成やプランを提示する機能もあります。DXを指向する企業では、IT部門やプロジェクトメンバーだけでなく、予算管理部門なども、そうした仕組みを積極的に共有し、コスト状況を常に把握できるようにしておくことが、適切なIT会計モデルを実現するためのポイントになります。
DXに取り組む企業のマネジメント層であれば、IT利用に関わるコスト、予算に対する意識も、クラウド時代にふさわしいものへとアップデートすることが必要です。コスト最適化に寄与する、さまざまなテクノロジーや仕組みを活用しながら、新たなIT投資ガバナンスを構築し、コストを適切にコントロールしていくことが、システムの生むビジネス成果を最大化するための必要条件になるでしょう。
著者:藤井 崇志
Ridgelinez株式会社 アーキテクチャ&インテグレーション
IT ベンダーにてミッションクリティカル領域のプロダクト開発に従事。 米国駐在を経て、国内外システムの現状分析・構想策定・システム構築/運用をサポートし、グローバル企業のDXプロジェクト推進に貢献している。 AWS / Azure / Google Cloudの各アーキテクト認定(エキスパート/プロフェッショナル)を保有し、主にクラウドネイティブおよびマルチクラウド利活用の知見をベースとしたテクノロジーコンサルを行う。