「社員は家族」――昭和時代における”理想の日本企業”の在り方の根本には、こうした家族主義的な考え方があった。しかしながら、バブル崩壊やリーマンショックを経て雇用が流動化し、ジョブ型雇用時代に移りゆくなか、メンバーシップ型雇用の価値観は時代にそぐわなくなってきている。

9月28日にオンライン開催されたTECH+スペシャルセミナー「社内外の環境変化に対応できる労務管理へ」の基調講演で大室産業医事務所 代表取締役 大室正志氏は、これからの時代に求められる従業員のエンゲージメントを高めていく方法や考え方について、産業医の立場から解説した。

大室氏

大室産業医事務所 代表取締役 大室正志氏

「アンマッチ」が引き起こす病

大室氏はまず、前提知識としてストレスに大きく関わる自律神経について解説した。自律神経とは、心拍や発汗、胃腸の働きといった自分の意思でコントロールができない身体機能を文字通り、自律的に動かしている神経で、緊張したときに優位になる交感神経と、リラックスしたときに働く副交感神経から成る。

寝る直前までスマートフォンやPCを利用していることで、現代人のほとんどは、常に緊張状態にあると言える。そのため、交感神経と副交感神経のバランスが崩れ、PCの前に座っているだけで動悸・息切れ、便秘や下痢といった胃腸の症状、不眠、血行不良による肩こりや頭痛などが起こりやすくなる。こうした症状が複数見られ、長らく回復しない状態を自律神経失調症という。特に、睡眠障害はメンタル不調につながりやすいため注意が必要だ。

大室氏によると、このような自律神経の乱れによる不調が多くの現代人で見られるようになったのは、文明の進化に人類の進化が追いついていないことが原因にあるという。

「20万年前と比べて人間は解剖学的にほぼ変わっていないのに、生活環境は大きく変わってしまっています。太古の昔、人類が緊張する瞬間と言えばトラなどの猛獣に出会ったときで、一時的なものでした。人間は、現代のような長い時間の緊張状態に適応できるように進化してきていないのです」(大室氏)

米国の進化生物学者で『人体600万年史──科学が明かす進化・健康・疾病』(発行:早川書房)の著者であるダニエル・E・リーバーマンは、こうした文明の進化に人類の進化が追いついていないことが原因で起こる症状を、「アンマッチ病」と呼んでいる。自律神経失調症だけでなく、例えば、農耕によって想定以上の糖分を人類が接種できるようになったことで頻発するようになった虫歯や、産業革命によって運動不足になったことで増えた肥満・生活習慣病などもその代表例だ。

さまざまな企業で講演をする機会があり、「最近の若い人は打たれ弱い」「ストレス耐性がない」という話を上層部からよく聞くという大室氏だが、「これは最近の人が弱くなったわけではなく、会社への期待値と実際の状況がずれてしまいアンマッチが起きている」と説明する。

人は、自分の期待値と現実が乖離してしまったときにストレスを感じたり、傷ついたり、腹が立ったりする。業務における期待値を考えるにあたり、大室氏は「仕事の要求度」を横軸、「裁量/上司の支援/報酬」を縦軸にとったマトリクス図で整理する。要求度と裁量がマッチしている状態であれば健全に働くことができるが、ここからずれてしまうと、人はストレスを感じてしまうという。

イメージ

「裁量が低くても要求が低ければ『受動的』、高い要求度に対し適切な裁量と報酬があれば『能動的』に働くことができます。能動的に働けているのであれば、長時間労働となってしまってもストレスを感じづらいでしょう。若手社員は、仕事の要求度が高いのにも関わらず裁量や報酬が少ないということにストレスを感じてしまっているのです」(大室氏)