多くの企業でAIプロジェクトが立ち上がるようになり、データサイエンティストの重要性は増している。にもかかわらず、多くの企業は十分な数のデータサイエンティストを確保できていないのが実情だ。データサイエンティスト協会が2019年に行った調査によると、データサイエンティストが1人以上いる企業は全体の29%に過ぎず、「ここ1年で目標としていたデータサイエンティスト数を確保できなかった企業」は58%に上るという。

グラフ

出典:データサイエンティストの採用に関するアンケート調査結果(データサイエンティスト協会/2019年11月)

なぜデータサイエンティストの採用が難しいのか。データサイエンティストには、情報処理や人工知能、統計学などのデータサイエンス力のほか、データを加工して運用するデータエンジニアリング力、ビジネス課題を整理/解決するビジネス力など、多方面にわたるスキルが要求される。これらのスキルを兼ね備えた人材は簡単に見つかるものではないからだ。

フランス、パリを拠点とし、日本では医薬品の製造販売、輸入、開発を手がけている製薬企業サノフィもまた、データサイエンティストを社内に持たない企業である。

だが、同社は2019年に「LINKプロジェクト」と名付けたAIを含むプロジェクトを発足。2年半をかけて推進してきた。データサイエンティスト不在のなかで、なぜ同社はAIプロジェクトを立ち上げたのか。

DataRobot Japanが6月10日に開催した「AI Experience Virtual Conference 2021」では、サノフィ Customer Marketing&Analytics プロジェクト責任者 奈幡智朗氏と同データアナリストのLi Xin氏が登壇し、同社のAI活用事例について解説した。

プロジェクトの立ち上げ期に押さえるべきポイント

きっかけとなったのは、各事業部へ横串のソリューションを提供する部門のトップが号令をかけたことだ。その流れのなかで、2018年に奈幡氏とLi氏が入社。AI関連プロジェクトに着手することになったのである。

だが、2人はデータサイエンティストではない。奈幡氏は統計モデル/機械学習を取り扱った経験こそ持つが、それを主たる業務として行ったことはなく、Li氏はデータアナリストではあったが、複数のスキルを兼ね備えたデータサイエンティストというわけではなかった。

そうした状況の中、2人はどのようにプロジェクトを立ち上げ、成功に導いたのだろうか。

LINKプロジェクトの立ち上げ期を振り返り、「ポイントは3つあった」と奈幡は語る。

1つ目のポイントだったのが「全体構想」だ。AIをどう使うかではなく、プロジェクト全体の構想においてAIをどのように位置付けるのかという考え方に立ったという。

2つ目が「オーナーシップ」。本部長や事業部長レイヤーがイニシアティブを握り、しっかりと指揮を執るようにした。

そして3つ目に重視したのが「インプット」。本部長や事業部長レイヤーへ基礎的な知識のインプットを行い、継続的に対話して理解を得ることである。「言い方は悪いが、いわば”洗脳”するかたちでサポーターになってもらうことが重要」と奈幡氏は説明する。

続くプロジェクトの初期フェーズでやるべきは、課題設定とビジネス部門の”巻き込み”だ。

課題設定は「実現可能性があり、社内に対する影響を伝播しやすいこと」を基準に行われた。重要なのはやはり、現場担当者の目線。加えて、データの確認も必要だ。使用できるデータを確認した上で、そのデータが分析に堪えられるのかを判断しなければならない。そして、事業部長などの上位レイヤーと合意形成し、優先順位を決定していくのである。

構成

サノフィの場合、関連する事業部が3つあるため、初期フェーズにおける各事業部との対話にはそれなりの時間を要した。しかし、このプロセスを丁寧に行うことで、課題の解像度が上がるメリットがあるのだという。