ようやくビジネスを具現化したところで、今回はプロダクトを開発するフェーズを説明します。この段階では、どのような課題が発生し得るのでしょうか。
今回解決する課題
今回解決する課題は次の3つです。
- A-1:優先度の高いビジネスアイデアがあっても、開発の着手までに時間がかかる
- C-1:従来のシステム開発の進め方では、親会社/顧客の期待するスピード感についていけていない
- D-4:利用者の視点に立った商品、サービスの開発ができていない
ビジネスを具体化したプロダクトを作り出すことは、ユーザー企業、特に非製造業で有形のプロダクトを開発して収益を上げてきていない企業にとって容易ではありません。プロダクト作成のアプローチを持たない/経験が少ない企業の場合、何から手を着けたらよいのかから考える必要があります。
加えて、顧客ニーズや競合など市場が常に変化する昨今の状況では、「作るべきもの」の内容も随時更新することが求められます。そのアプローチについては、実はSIerの一部の方々もやり方を知りません。なぜなら彼らは「御用聞き」で要件を決めているからです。「発注側に聞けばよい」――そうしたやり方に慣れてしまっている方は、新たなやり方を検討する必要があります。
スモールスタートであることは変わりませんが、DXを進める企業では、将来的には既存事業と連携することが前提となる場合もあります。よって、いずれはチームの拡大が求められます。小さいプロダクト開発プロジェクトから大きな組織へと成長していく中で、アジリティを担保してプロダクトを拡大し続けられる枠組みが必要になります。
こうした課題に対し、SAFeではどのような解決手段を用意しているのか見ていきます。
リサーチ駆動を採用した顧客中心主義
ビジネスを具体化するにあたって、「何を作るか」から検討が開始しがちですが、SAFeでは「リサーチ」に重きを置いています。一般的に、海外ではリサーチを「市場調査」と「ユーザー調査」に分けて整理することが多いのですが、SAFeでもこれを踏襲しており、同様に分けて整理しています。
市場調査の際の観点は、以下の通りです。
- 「誰に」「何をする」に焦点を当てる
- 抽象度の高いサンプルが何を伝えているか評価する
- 概念、意見、価値を人に尋ねる
- 市場に何が買ってもらえるのか尋ねる
- 製品の販売やマーケティングに注力する
ユーザー調査の際の観点は、以下の通りです。
- 「方法」と「理由」に焦点を当てる
- 小さいサンプルが何をしてくれるのか評価する
- 人の行動を観察する
- 市場に落としこんだ際にどのように使用されるのか決める
- プロダクトの要件に焦点を当てる
SAFeではこれらの観点を基に、提供するビジネスソリューションの特徴付けを行います。
デザイン思考によるユーザー課題と解決方法の具体化
整理した内容を基に、プロダクトを具体化していくのですが、その際に使うのが「デザイン思考」です。これは一般的なアクティビティとして視覚的に表現されており、「ダブルダイヤモンド」と呼ばれています。
デザイン思考の一般的なアクティビティ/出典:https://www.scaledagileframework.com/design-thinking/ |
「問題」と「解決」それぞれについて発散と収束(選択肢を多数つくり、納得できる成果に向けて取捨選択していく)を行い、プロダクトとして具体化していきます。なお、発散と収束に関する活動は、多くの場合、ワークショップによって実施されます。
また、デザイン思考による検討は、プロダクトライフサイクルに合わせて次々に適用していきます。そうすることで、市場の変化に即したソリューションの進化が可能になります。
プロダクトのライフサイクルに合わせたデザイン思考検討の導入/出典:https://www.scaledagileframework.com/design-thinking/ |
なお、実際のデザイン思考の技法としては、「共感マップ」「ジャーニーマップ」「プラグマティックペルソナ」「ユーザーストーリーマップ」などを利用します。特に、ユーザーストーリーマップを使うと、開発に入る際の要件をプロダクトバックログにすることが容易にできるので、検討からプロダクト開発開始まで立ち止まることなく進められます。それらの内容の妥当性は、以下の観点で検証します。
- Desirable(望ましいか):マーケットと顧客を理解した上で内容整合が取れているか
- Viable(実現可能か):事業戦略需要の投資の確保やROIを含め実現可能な状態であるか
- Feasible(実行可能か):ビジョンからの落としこみや製品戦略の具体化、関係者の協力が取れているか
- Sustainable(持続可能か):製品ライフサイクルを通じた継続モデルが築けているか
マーケット起点のホールプロダクトモデル
SAFeでは、プロダクトのマーケット分析アプローチとして、「ホール(Whole)プロダクトモデル」が適用されています。これはセオドア・レビット(Theodore Levitt)氏が提唱したプロダクト開発の方法論です。顧客のために検討されたプロダクトが顧客のニーズを満たしているかどうかを確認するために使用されます。
ホールプロダクトモデル/出典:https://www.scaledagileframework.com/customer-centricity/ |
上図の各部位は、以下を表します。
- Generic Product:いわゆるコアとなるプロダクトで「最小の提供物」と定義されるものです。食洗器ならば、皿を洗う機能に当たります。
- Expected Product:代替製品や競合製品と比較した際に、顧客の最低限の購入条件となるものです。これが満たされていないと、市場の期待に応えられないかもしれません。
- Augmented Product:競合他社が提供する製品と差別化を可能にする、期待されている以上の何かを提供するものです。
- Potential Product:顧客を惹きつけるものであり、差別化をもたらす可能性もあります。Augmented Productとの違いとして、Potential Productは持続的/継続的に優位性を提供できるものが該当します。
なお、この図自体にはあまり意味がありません。プロダクトを語る際、特徴ごとにどの領域について言及しているのかを整理するためのものです。例えば、基本プロダクトについては全方位的な完全性を求められますが、それ以外のレイヤには「穴がある」(=全方位に検討する必要がない)という観点で見切れているかが重要です。これはアジャイル開発における優先度を決める指標にも影響しますし、SAFeの「ホライゾンモデル」での収益性の段階的な成長の観点においても、この考え方は影響を及ぼします。
プロダクトの成長とチームの成長
要件が具体化された後、実際の開発に入りますが、常に変化に迅速に対応するには、多様性のあるチーム構成で成果を出していく必要があります。この状態を持続的に生み出すために、SAFeでは3つのステップをサイクルとしたチームビルディングの成長モデルを提供しています。
Agileビジネスチームの成熟度サイクル/出典:https://www.scaledagileframework.com/agile-teams/ |
◆Step1:アジャイルの基本に立ち返る
昨今、アジャイルの手法を適用することに重きを置きすぎてやり方が形骸化し、プロダクト提供のスピードが変わらない状態が生まれていることが問題視されています。この成熟度サイクルでは、改めてチームが基本的なアジャイルマインドセットとプラクティスを採用/習得することを促しており、特にこのStep1では「Lean-Agile Leadership※1」や「SAFe Principles」にのっとった活動を求めています。
◆Step2:ARTへ参加し、既存のやり方を変える
Step1を経て素早い活動のマインドを手にすると、次に障害となるのは既存の中大規模システム開発のやり方に縛られるケースです。既存のやり方を踏襲しすぎると、本質的な俊敏性を確保できなくなります。
SAFeではこうした課題に対し、「ART(アジャイルリリーストレイン)※2」に参加して既存のやり方を変えることを促しています。ARTで得られた共通の仕事観や同期の取れたケイデンスは、顧客に対し、迅速に良質な価値を提供するのに役立ちます。
◆Step3:ルールをチームになじませる
時間の経過と共に、実施してきた内容を自分たちの専門分野に合わせて進化させる――つまり、「自分たちのものにする」ことが必要です。特にARTでは、職能多様性のあるチーム構成の中で自分たちのやり方を見つける必要が出てきます。
これらのプロセスを進化させ、チームやARTの価値提供のフローに統合し、組織全体でより良いサービスを提供する方法を見つけます。海外では、こうした考え方を人事やマーケティングに適用した「Agile HR」や「Agile Marketing」などが進められています。このようなかたちで、既存組織の”壁”を越え、顧客に対する価値主体で機敏性のあるチームを作っていきます。
※1 詳細は、第2回を参照してください。
※2 詳細は、第5回を参照してください。
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今回は、顧客中心にビジネスを具体化する方法について、SAFeのプラクティスを基に説明しました。ビジネスをかたちにしたり、実際にプロダクトを開発したりするにあたり、初期の要件を具体化する方法や重視するポイントを理解いただけたかと思います。
筆者はこれまでにさまざまな案件を見てきましたが、その中には「課題に直面すると無意識に既存のやり方に戻ってしまう」というケースが散見されました。SAFeのプラクティスは、「常に原則に戻って見直す姿勢が、結果的に新しい価値を生み出す最短距離である」という気づきを与えてくれるのではないかと考えています。