2020年6月にオープンして以来、破竹の勢いで成長を続けるオウンドメディアがある。ホームセンターのカインズが運営する「となりのカインズさん」だ。
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サイトを開くと記事のサムネイルが目に飛び込んでくるが、1つとして似たような写真はない。洗濯が楽になるコツを紹介する解説記事、シロアリ駆除のポイントを専門家に聞いたインタビュー、人気Webメディア「デイリーポータルZ」とコラボレーションした面白企画……と、カインズの商品と同じく、バラエティに富んだ記事がラインナップされている。
オープンからの半年間でPVは10倍以上と急伸。バズった記事も数多く、オープン3カ月目には小売業界の集客/販促支援プロモーションを表彰する「第6回リテールプロモーションアワード」を受賞し、マーケティング専門誌「宣伝会議(10月号)」でも”オウンドメディアの秀逸事例”として紹介された。
となりのカインズさんをここまで成長させたキーマンが、カインズ デジタル戦略本部 デジタルマーケティング部 コンテンツグループマネージャーの清水俊隆氏だ。元古美術商で古文書や掛軸を研究者に販売していたというユニークな経歴を持つマーケターであり、カインズ入社前には建設メディア「施工の神様」を立ち上げグロースさせた”メディアの成功請負人”でもある。
今回は、そんな清水氏にとなりのカインズさんの運営方針と今後の展開についてお話を伺った。
「無難なメディア」では意味がない!
2019年3月、3カ年中期経営計画「PROJECT KINDNESS」をスタートしたカインズは、「次のカインズを創る」ためにさまざまな施策に取り組んでいる。そのうちの1つが、DXの推進だ。同年、デジタル戦略本部を設置してデジタル人材100人以上を大量採用するなど、IT小売業を目指して積極的に変革に乗り出している。オウンドメディアの開設もそうした取り組みの一環であり、清水氏が入社した時点で、すでに立ち上げ計画自体は進められていた。
だが、当初想定されていたのは、他社のメディアを踏襲するような無難な内容のメディアだったという。清水氏はオウンドメディアの担当になるや否や、サイト設計も含め、この計画を一刀両断し、白紙に戻した。
「となりのカインズさんの役割は、あくまでもカインズの新たなデジタル戦略である『パーソナライズ』『エモーショナル』『ストレスフリー』『コミュニティ』の推進にあります。商品の紹介は(カインズの)ECサイトや広告などですでにやっていますし、他社メディアさまにもカインズの商品を取り上げていただける機会は多いので、ありきたりのオウンドメディアだったら、いまさらやる意味はないと思いました」
清水氏は新たなコンセプトとして「ホームセンターを遊び倒すメディア」を掲げ、”面白ければ何でもアリ”の型破りなオウンドメディアを作り上げていった。しかし、このコンセプト自体も何度か更新しており、「また変えるかもしれない」と、どこまでも型にはまるつもりはない。2020年10月現在、メディア全体を統括する形で清水氏が指揮を執り、ライティングは広く外部からも募るが専任の編集者は1人、サイト制作は社内エンジニアの古川大資氏が1人で担っているという。PWAMP、会員機能、Webストーリーなども内製でスピーディーにアジャイル開発しており、「サイト開発もコンテン制作も思いついたらすぐにチャレンジして、ダメだったらまた軌道修正する。そのサイクルをいかに早められるかに注力している」と清水氏は言う。
となりのカインズさんの記事は非常にユニークだ。DIYのノウハウ紹介など、いかにもカインズらしい記事もあるが、漫画「鬼滅の刃」に登場する日輪刀をダンボールで再現する作家を紹介したり、ブロックを踏んだときの痛みを再現するサンダルを作ったりと、ユーモラスな企画記事も目立つ。
これらの記事のテーマは、一見するとカインズとは無関係にも思えるが、清水氏は「ホームセンターならどうにか絡められる」と不敵な笑みを浮かべる。確かに、生活のさまざまな場面で使用する道具や工作に使いそうな材料の多くはカインズで販売されているため、その意味ではどんな内容の記事であってもカインズと結び付けることは可能だ。
「アーティストやクリエイターを応援するのは、ホームセンターとして当然の姿勢だと思っています。カインズには『DIYer100万人プロジェクト』という計画もありますし、どうしてもカインズと記事との関係性が見い出だせないときは、『カインズに足りないもの』みたいなかたちでまとめてしまえばイケます(笑)。今後はYouTuberの創作や地方自治体の活動なども応援していきたいと思ってます」
清水氏のこの突き抜けた発想こそが、ヒット記事を連発するとなりのカインズさんの基礎となっているのだ。
社内の理解を得るために必要な”見えない価値”の可視化
もっとも、オウンドメディアは「記事の質さえ高ければうまくいく」というわけではない。これは、過去に数多くの良質なコンテンツを有するオウンドメディアが消滅していったことが証明している。
個人の趣味ではなく、企業が事業としてコストをかけている以上、何らかの利益を生み出さなければオウンドメディアは存続できない。いくら記事の質が高くても、「やっている意味がない」と経営層が判断すれば終わってしまうのだ。特に、となりのカインズさんのように自由な内容を魅力とするオウンドメディアは、いかに読者から人気でPVが高くても、運営のメリットを具体的に説明するのが難しい。
この点について清水氏は、「オウンドメディアの”見えない価値”をいかに可視化するか」がポイントだと語る。
「一般的なオウンドメディアであれば、リードやCV獲得が重要な指標になりやすいと思います。となりのカインズさんでも店舗やECへの送客、商品購入の数値を追っていますし、スタッフ採用やブランディングの面なども当然スコープに入れています。しかし、となりのカインズさんの価値は他のところにあります」
例えば、記事内で紹介した商品の売上が伸びることでメーカーとカインズはWin-Winの関係を築くことにつながる。「自社メリットを中心に考えず、取引先さまのPRに貢献できるように”利他の精神”でメディア運営していることも、となりのカインズさんならではの特異な点だと思う」と清水氏は語る。また、記事を通じて店舗スタッフが商品への理解を深めたり、社内外とのコミュニケーションの活発化や商品開発に貢献したりすることもできる。取材というかたちで普段は会えないキーマンに会えるメリットもある。こうした副次的なメリットを見い出して積み重ね、「メディアの価値」として社内に示すスキルが必要となるわけだ。ときには破天荒な企画を通すために、「社内で頭を下げて回るのも仕事」だと清水氏は笑う。
もちろん、売上増につながる直接的なメリットもある。となりのカインズさんを閲覧した読者は、その後、カインズの実店舗を訪れて商品の購入に至る率が高いことがデータ分析でわかっている。また、売場面積の広いカインズには、商品の陳列場所を検索できるショップアプリがあるのだが、記事化した商品は実店舗での検索数も増えるという。さらに、商品を紹介した記事の内容を抜粋したポップを実店舗に掲示することで、店舗を訪れた消費者の興味/関心を高める効果も期待できる。
こうしたさまざまなメリットを提示できてこそ、オウンドメディアは社内で正しく評価されるのだ。
重視するリアルとの関係 - 実店舗とのシナジーをいかに高めるか?
となりのカインズさんは、清水氏の手腕で一気に成功の階段を駆け上がった。だが、当の清水氏は「まだ開設から半年。これからやりたいこと、やるべきことはたくさんある」と冷静だ。
ホームセンターの取り扱い商品や客層は多岐にわたるため、この半年間はとにかく何でも試し、方向性を探ってきた。今後は当初からの狙いの一つでもあった「パーソナライズ」の推進、「エモーショナル」と「コミュニティ」の醸成に向けて本格的に舵を切っていくことになる。
一例として、読んだ記事や購入商品を基に記事をレコメンドする機能の追加や、ファンコミュニティの構築、リアル店舗とのシナジーなど、清水氏からはさまざまな構想が語られた。
実店舗との連携については、もともと商品に関するノウハウを豊富に持つ全国の店舗スタッフへのインタビューやイベント開催なども考えていたのだが、コロナ禍の影響で今は保留を余儀なくされている。
「カインズは、やはり実店舗を重視しています。送客だけでなく、もっと多くのシナジーを生んでいきたいんです。ただ、店舗スタッフには負荷をかけたくないので、どうすればより良い成果を得られるかについては、今まさに考えているところですね。となりのカインズさんでは、オウンドメディアの”枠”を超えていきたいと思っています」
いかにしてメディアの価値を高め、かつ事業とのシナジーを生み出していくのか。好調なスタートを切ったとなりのカインズさんの今後に注目したい。