多数のエレクトロニクス製品を持つソニーは近年、「高付加価値製品による市場創造」という戦略に舵を切っている。この戦略において重要なのは、顧客にとって有益な価値を適切なタイミングで提供することだ。
ソニーはデータを活用することでユーザーのインサイトを把握し、製品の価値を伝えることに成功しているという。では、具体的にどのような考え方と手法で、インサイトの把握を可能にしたのか。
7月9日にオンライン開催された「マイナビニュースフォーラム 2020 Summer for データ活用」には、ソニーマーケティング コミュニケーションデザイン部 大原 知子氏が登壇。データを生かした同社のマーケティング戦略について解説した。
重視するのは「ロイヤリティループ」
ご存じの通り、ソニーはテレビやウォークマン、ヘッドホン、ミラーレス一眼カメラなど多数のエレクトロニクス製品を開発/販売している。ビジネスの基本戦略は「規模のみを追わない」こと。4K/8Kやハイレゾ、フルサイズといった「高付加価値」を持つ製品をユーザーに提案することで市場をつくることに注力している。
そうしたソニー製品の価値をユーザーに伝える役割を担うのがソニーマーケティングだ。同社のミッションはソニーのファンを増やし、継続的に選ばれるブランドに育てていくことである。
そのために同社は「ロイヤリティループ」と呼ばれる概念を採用したフレームワークを用いてマーケティングを行っている。
ロイヤリティループとは、ユーザーが製品の購入やサービスの体験を通じてブランドそのもののファンになっていくプロセスのこと。マス広告やバナー広告で広く集客し、サイトに訪問したユーザーがデジタルタッチポイントに残す足跡を頼りにリターゲティング広告で製品を訴求していく。そして、期待価値が高まった状態で製品を購入してもらったユーザーには、カスタマー登録や製品登録を促して定期メール/アプリなどを通じた継続的なコミュニケーションを図り、製品を使った体験価値を高めるためのサポートを行う。体験価値が期待価値を上回ることで、まずは製品のファンになってもらい、その後、結果的にブランドのファンになってもらうという流れである。
その際、大原氏が注意しているのは「お客様を理解した上で、お客様が心地良いと思えるアプローチを行う」ことだという。広告や定期メールは有用な情報であるが、タイミングや頻度を見誤るとユーザーに不快感を抱かせてしまいかねない。企業が一方的に情報を伝える(=インフォームする)のではなく、ユーザーを理解して適切なメッセージを届ける(=コミュニケートする)ことが重要なのだ。
メール手法も変化してきているという。
「これまで、メールでのアプローチとは一度に大量の人に同じ内容を届けることでした。現在はそれだけでなく、お客様の態度変容を捉えた1:1の配信も行っています」
個別のユーザーにカスタマイズされたメールは開封率やクリック率も高く、結果として製品購入などの成約率も大幅に向上したという。
もう一つの変化は広告手法の設計だ。
以前の広告はサイトの特定階層を訪問したユーザーに対して平面的なアプローチを行っていた。例えば「製品の詳細ページを見たユーザーには、キャンペーンの広告を出す」といった具合だ。
しかし、現在はユーザーのサイト上の行動をもっと立体的に捉えたアプローチを行っているという。訪問した階層やページだけでなく、PVやリファラ、滞在時間など複数の指標を組み合わせてユーザーの状態を判別し、より適切な広告を表示するのである。
その結果、広告効果は大きく向上。以前の約半分のコストで、CVR(Conversion Rate:コンバージョン率)は330%、ROAS(Return On Advertising Spend:広告の費用対効果)は232%もの増加を見せたという。
ユーザーとのコミュニケーションは製品購入前だけでなく、購入後にも続けている。
「例えばミラーレス一眼カメラの『α(アルファ)』では、購入後に製品を使いこなすためのさまざまな提案を行っています。また、お客様同士で写真を掲載したり閲覧したりできるコミュニケーションサイト『αCafe』や、αオーナーに集まっていただいて撮影体験や座学で学べる『αAcademy』などを提供しています」
こうしたコミュニケーション活動により、ユーザーのライフタイムバリュー(1人の顧客が取引期間を通じて企業にもたらす価値)の向上が確認できているという。
無論、全ての取り組みで効果が出るとは限らない。重要なのはスモールスタートで効果を試すことだと大原氏は説く。PDCAを回し、手応えがあったものをスケールさせていくことでカスタマージャーニーがより洗練されていくのだ。
以上のようなカスタマーマーケティングにおいてソニーが重視しているのが「ユーザーがウェブサイト上でどう行動したか」というデータの活用だ。「お客様のインサイト(購買行動の動機)自体を捉えることは難しくても、行動から逆算して推測できる」と大原氏は言う。
その際の視点は4つ。「リファラ」「滞在時間」「閲覧ページ数」「閲覧階層」である。