百貨店・三越伊勢丹がデジタルトランスフォーメーションによる新たな挑戦を始めている。レガシーな印象の強い百貨店業界だが、実は三越も伊勢丹も常に新しい取り組みで時代を動かしてきた歴史を持つ。

だがそんな革新性をもってしても受け流せないほど、今の百貨店業界は非常に厳しい状況にある。売上高は落ち込みは止まらず、回復の兆しは見えてこない。

そうした状況をDXでどう変えるのか。12月13日に開催された「マイナビニュースフォーラム2019 Winter for データ活用」では、三越伊勢丹 デジタル事業部 事業企画・管理ディビジョンにてプランニングリーダーを務める内田浩樹氏が登壇。同社におけるデータ活用とDX戦略について語った。

時代を切り開いてきた「三越」「伊勢丹」

三越伊勢丹と聞くと「非常に長い歴史を誇る老舗百貨店」というイメージがあるが、実は「伝統を持ちながらも積極的に革新してきた歴史がある」と内田氏は語る。

三越伊勢丹 デジタル事業部 事業企画・管理ディビジョン プランニングリーダー 内田浩樹氏

具体的にはどのような革新があったのだろうか。まずは三越の歴史を振り返ってみよう。

1673年、越後屋として創業した三越は、「店頭現金掛け値なし」や「小裂何程にても売ります(切り売り)」といった新しい商法を確立した。今では当たり前となった正札販売を世界で初めて行い、それまで掛売りが一般的で富裕層のものだった呉服を一般市民に普及させたのである。

また、雨が降ると傘の貸し出しを行い、そこに越後屋の名前を書くことで宣伝するという当時としては斬新なPR手法も実施。この光景は、「ごふくやのはんじゃう(繁盛)を知る俄か雨」と呼ばれ話題を呼んだ。

こうしたエピソードからもわかるように、三越は創業当時からすでに新しいアイデアを次々に実践してきた企業だったのだ。

その後、三越は1904年に「デパートメントストア宣言」を行い、全館を陳列場として開場。顧客が自由に商品を手にとって選べる方式を採用し、「今日は帝劇、明日は三越」という言葉も生まれた。

一方の伊勢丹は伊勢屋丹治呉服店として1886年に開業した。「帯の伊勢丹・模様の伊勢丹」と呼ばれ、当時から”ファッションの伊勢丹”として知られることにつながっていく。1933年には新宿店を開店。いち早く大規模駐車場を設置するなど、こちらも革新的な施策を次々と打ち出していった。

そんな2社が経営統合し、三越伊勢丹ホールディングスが誕生したのは2008年のことである。同社の従業員が指針としている「私たちの考え方」には、「変化せよ。」という文言が掲げられた。さらに「データが自分をつくる」「時代より先に変わろう」「他者がわたしを新しくする」をビジョンに設定し、百貨店事業はもちろん、不動産事業や金融事業などにも取り組んでいる。

まさに業界のリーディングカンパニーと呼ぶにふさわしい三越伊勢丹だが、当の百貨店業界は年々厳しさを増していると内田氏は言う。

「リーマンショックや消費税増税などを経て、現在の百貨店業界の売上高は6兆円を割り込み、ピーク時から約4割も落ち込んでいます。経営統合や業態転換をしても、今までのやり方だけでは売上拡大していくのは難しい状況です」

“強み”×DXで目指すゴール

百貨店業界に逆風が吹く一方で、右肩上がりに伸びているのがEC市場だ。今や買い物はリアル店舗だけのものではなくなり、ECがリアルビジネスに影響を与えた結果、商形態自体に大きな変革が訪れていると内田氏は分析する。

「b8ta(ベータ)に代表される”販売をしないショップ”の登場や、データに基づく場所貸しなど新しい商形態が登場しています」

そんななか、百貨店はなかなかアナログ依存の店舗運営から脱却できなかったと内田氏は振り返る。それが成長戦略の遅れにつながり、現在のような状況を招いてしまったのだという。

こうした点を踏まえ、三越伊勢丹は現在、デジタルトランスフォーメーション(DX)に本腰を入れている。

目指すゴールは2つ。「オンラインでもオフラインでも最高の顧客体験を提供する」ことと、「グループの強みにデジタルを加えた新しい顧客体験を提供する」ことである。

これらの実現に向けて内田氏が着目しているポイントが「シームレス」「データセントリック」「アジャイル」の3点だ。

「シームレス」とはリアルとデジタルの一貫性のことを意味する。具体的には、品揃えや在庫管理の徹底、アプリの充実などにより、デジタルでもリアルと変わらない体験を提供することを目指す。

そして、そこから得られた顧客データを活用し、より深く顧客について知ることが「データセントリック」である。データ取得のためのタッチポイントを増やし、デジタルとリアルを合わせたマーケティングを行っていく。

最後に「アジャイル」――つまり、早いサイクルで仮説と検証を行い、ビジネスの軌道修正や意思決定をスピーディーに行うことを重視する。この一連の流れが、百貨店におけるDXの在り方だと言えよう。

一方で注意すべき点もある。ビジネスのやり方が変わると、現場の負担になる可能性があるからだ。

「お客さまの体験だけでなく、従業員の体験も向上していく必要があります。やり方が変わることでストレスをかけてはいけないのです」

こうしたデジタル化に、三越伊勢丹グループが持つ”強み”をかけ合わせることで、今後さらに新しい顧客体験を提供していきたいと内田氏は意気込む。

例えばブランド服をアプリからレンタルできる「CARITE」。銀座三越で試着することも可能で、レンタルして着用した後はそのまま送り返すだけというサービスだ。

また、2019年2月にローンチした「meeco(ミーコ)」はラグジュアリーコスメからプチプラコスメまで幅広くラインナップするデジタルコスメサービスである。イメージ検索や最新のコスメ情報取得が可能で、即日配送の仕組みも完備。リアルでの買い物に劣らない顧客体験を提供している。

このほかにも、定期宅配サービス「ISETAN DOOR」やミレニアル世代女性向けオンラインPB「arm in arm」、自動採寸で来店不要のオンライン完結型カスタムオーダー「Hi TAILOR」、カジュアルなデジタルギフト「MOO:D MARK」、パーソナルスタイリング事業「DROBE」など、さまざまなDX事業への取り組みが進められている。

結局のところ、百貨店の一番の強みは「リアル店舗を持っている」ことだと内田氏は言う。長い時間をかけて紡いできた百貨店としてのブランドがあるからこそ、デジタルにおいてもほかにはまねのできない価値を創出できるということだろう。