急速にデジタル化が進み、情報とモノがあふれている今、生活者はリアルでもネットでも「モノ選び」に疲れ始めている。「欲しい気持ちはあるのにどれを選べばいいのかわからない」「どの口コミを信じていいのかわからない」「どのお店から買うのがいいのかわからない」――情報とモノが増えたがために、かつては楽しかったはずの買物が今では逆にストレスになっているのである。
しかし一方で、このデジタル時代の買物ストレスを超えて、生活者と直結しながら「選ばれ、つながり続ける」そんなブランドや企業が現れ始めている。
9月25日に開催された第129回IT Search+スペシャルセミナー『デジタル時代の「売れない」を超えて ~生活者伴走時代への挑戦をはじめよう~』には、博報堂買物研究所 上席研究員 山本泰士氏が登壇。デジタル時代に立ちはだかる「売れない」という”壁”を企業が乗り越えるために、いかなる変化を遂げればよいのかについて解説がなされた。
買い物がツライ!? -「枠内の攻略」の時代
講演冒頭、山本氏は、今生活者の買物行動に起きている変化について言及した。調査によると、「自分が『欲しい』と思ったことをいつの間にか忘れている」とした人の割合は8割にも達しているという。この現象について山本氏は、「欲求流出、つまり欲求がタイムライン化して、流れ去っていってしまっているということ」と説明する。
ではなぜ、そのようなことが起きるのだろうか。2010年代に入ってから、流通する情報量が爆発的に増加しており、2004年から2016年の間には実に32.1倍にまで急増している。さらにソーシャルメディアも一気に普及したことで、情報の量が増えるだけでなく、フェイクニュースやステルスマーケティング、そして最近話題となったランキングスコアの買収が発生するなど、情報の質もまた玉石混交になった。
「その結果”情報は多いし、ネットの情報は鵜呑みにできないし……”と生活者の飽和感、警戒感が膨らんだのでしょう」と山本氏は見解を示す。
さらに、モノも増えている上に、量だけでなく買い方も多様化している。
「つまり、納得できる正しい情報/買い方を見極めることが難しい時代になってしまったのです。2000年以前までは、正しい情報を自分で見つけて気に入ったモノを買うのが楽しかったのですが、そうした楽しみが失われてしまった状況にあります。これまでのように、無邪気に買い物ができる状況じゃなくなってきたと言えるでしょう。賢く買い物をしようとしても、情報は玉石混交になっており、にもかかわらず判断のために費やせる時間と労力は減少してしまっています。今生活者が直面しているのは、自由に選択したいのに選択できない状況であり、買い物が”ペイン(苦痛)”になりつつある時代だとも言えます」(山本氏)
最近の生活者のマインドについて、博報堂買物研究所が行った調査の結果、以下の3つの傾向が明らかとなったという。
- 買い物労力のメリハリ化:力を入れるところと入れないところを明確化
- 選択しない買い物の流れ:27カテゴリーのうち、15カテゴリーの買い物が面倒、お任せしたい領域
- 無関心化の流れ
このうち、「関心は高いが(選ぶのが)面倒で誰かに任せたい買い物」とは、生活家電や娯楽家電、情報機器、金融商品、化粧品、旅行交通、教育、学習教材、有料スマホアプリ、有料定額配信サービスなどが該当する。
「いずれも、たくさんの情報を集めてから利用購入したい気持ちはあるが、情報が多すぎることにストレスを感じているところが共通点です。そのため、家電芸人やプロトラベラーのように、”お薦めしてくれる人”が人気を集めていると考えられます。また、高価でもロングセラーブランドに回帰する現象が発生しているのも、同様の理由からではないでしょうか。つまり、買い物ストレスから開放されたいという気持ちの現れです」
山本氏らが分析した結果、この「関心は高いが面倒/お任せ」に該当する割合は今後さらに増えることが予測されるという。それは、あらじかじめ絞り込まれた中から選ぼうという「枠内の攻略」の買物行動が強まっているからだ。生活者の買い物プロセスが、自分にとって良さそうなモノがありそうな範囲内(見せ方/場所/ブランド)という「枠内」で、絞られた選択肢だけを検討する行為に変化しているのだ。
「『枠内の攻略』の時代になると、マーケティングの常識が変わってきます。そこでは、膨大な商品や情報に埋もれずに選ばれ続ける”枠”をどうつくればいいのかが極めて重要になります」(山本氏)