本連載では、各回のテーマに沿ってさまざまな業界の最前線で活躍するキーマンを訪ね、本誌で連載「教えてカナコさん! これならわかるAI入門」を執筆するAI研究家の”カナコさん”こと大西可奈子氏(NTTドコモ R&Dイノベーション本部 サービスイノベーション部)がお話を伺っていく。ときに広く、ときに深く、AIに関する正しい理解を広める一助になることが連載の狙いだ。

今回は、ゲストとして大西氏の恩師であり、第2次AIブームの頃からAI研究に携わるお茶の水女子大学 基幹研究院 自然科学系 教授の小林一郎氏を招聘。前編では、過去のAIブームがなぜ盛り上がり、衰退したかを振り返りながら、AI研究における今と昔の空気感の違いについて伺った。

続く後編では、AI研究の現状や”AI人材”に必要なスキルについての見解とともに、これからAIを学ぼうとする人たちが何を意識すべきなのかについて語られた。

お茶の水女子大学 基幹研究院 自然科学系 教授の小林一郎氏と”カナコさん”ことAI研究家の大西可奈子氏(右)

学生が直面している”変化”

大西氏:研究の仕方は確かに変わってきていますよね。小林先生が教えていらっしゃる学生さんも、そういった早いペースに巻き込まれている感じってありますか?

小林氏:少なくとも私が学生だった頃のように哲学書を読んで、本質的なところからスターとすることは難しくなってきていると思います。世の中の変わるスピードが早くなり、AIの分野では、時間をかけて論文を出版することよりもレベルの高い国際会議に早期に通すことが目的になっています。欧米的な研究スタイルと言ってもいいかもしれません。

昔の日本の研究スタイルは、新しい斬新なアイデアを産み出すというところを大切にしていたため必然的に時間がかっていたので、そういう意味では欧米スタイルになってきたのも悪いことではないとは思います。ただ、”哲学がない”状態で果たして新しいアイデアを出せるのかと言うと、どうでしょうね。学生も、ツールを使う訓練はされているけれど、決して余裕があるようには感じられません。

大西氏:難しいですね。世界と戦うためには研究のスピードを早める必要があるけれど、本質を学ぶ時間が少なくなってしまうのは本末転倒な気がします。学生も、もっと自由に研究できるといいのですが。

小林氏:その点、大西さんはとても自由にやっていましたよね(笑)。

大西氏:はい、好きなことをやらせていただいていたように思います(笑)。

とは言え、私が就職活動をしていた頃は、まだAIという言葉が売り文句にはならなかったです。でも今は、「研究分野はAIです」と言うと各企業から歓迎される空気がありますよね。

小林氏:そうですね。ただ、言葉が氾濫しすぎていて麻痺しているかなとも思います。AIと言っても幅広いし、皆よくわかっていないからそこに夢を求めるのだけど、フタを開けてみると意外と大したことではないですから。

大西氏:小林先生の下でAIを学びたいという学生は、今、どんな志望動機でやってくるんですか?

小林氏:AIが流行っているからというのはもちろんありますが、研究室に入ってくるような学生はちゃんと「AIで何ができるのか」をわかった上で入ってきてくれていると思います。その点は、むしろ昔の学生よりもしっかり理解しているかもしれません。

AIに期待する企業の”目線”

大西氏:今は情報を入手するのも簡単ですから、AIに対して変に夢を持つこともないのかもしれませんね。

小林氏:それは企業にも言えることだと思います。実は、人工知能学会(の全国大会)には昨年あたりから企業の人があまり私のところにAIのことについて聞きに来なくなったんですよ。参加者自体は企業からも多く、参加者数は過去最高を記録し続けているのに、です。

大西氏:そうなんですね! それは企業がAIについて理解し始めたから?

小林氏:そうでしょうね。ここ数年でAIについては理解が進んだ。じゃあ次はAIを使いこなせる人が欲しいということで、人材探しのフェーズに入っているのだと思います。第3次AIブームも少しずつ変化はしているので、AIはどんどんインフラになっていき、そのうちそんな言葉自体わざわざ言うことがなくなるかもしれません。

大西氏:インフラになっていくなら、第3次AIブームは「終わる」と言うよりも、「なじむ」と言うか、浸透するようなイメージですね。今後、第3次AIブームがこのまましぼむことなく”成功”していくとして、過去2回のブームと何が違ったのでしょうか。

小林氏:最大の違いは企業の関わり方でしょう。積極的にAI技術をビジネスで活用しようとしているし、大学にも共同研究を持ちかけてくれるところが増えました。

大西氏:企業が目を付けるということは、第3次AIブームは”お金になる”んですね。

小林氏:企業が期待するのはそこですよね。例えば、単純にチャットボットをコールセンターでの応対などに使えば人件費を浮かせることができますから。

大西氏:だから企業も、AIを使いこなせる人を集めるのに必死なんですね。確かに最近、「AI人材が足りない」という話をよく聞きます。

小林氏:今は売り手市場ですよね。だから優秀な学生は皆、博士課程修了後に大学に残るのではなく企業に入るようになりました。

大西氏:大学で「優秀」な学生と、企業が求める「優秀」な学生に乖離はないんですか?

小林氏:あるかもしれません。最近は企業と学生の交流会もあって、そこに人事担当者も参加して学生を見定めているようですよ。

大西さんは、今企業で働いていて、どういう人材が優秀だと思いますか?

大西氏:やっぱり、ちゃんと考えられることは大事だと思いますね。目の前の仕事で手一杯になりがちで、じっくり考える必要があるときに考えられない人が結構いるんです。「きちんと考える力」は、大学で身に付けてきてほしいと思いますね。

小林氏:難しいですよね。こちらで強引に考えるテーマをつくって与えても、途中で力尽きてしまったりしますし。ただ、研究ってある程度やらないと面白さもわからないものですから、何かテーマをもらったら、自分が面白いと思えるようになるまで頑張ってみてほしいですね。

これからAIを学ぼうとする人へ

大西氏:これからAIを学びたい学生や社会人、あるいは中高生も含め、小林先生から伝えておきたいことはありますか?

小林氏:すでにわかっていることを学んで満足してしまうのはもったいないですね。既成概念にとらわれず、創造する力を付けたほうがいいと思います。

だから中高生なら、今学ぶべきことをしっかりやったほうがいいでしょう。AIを多少かじって課題を解決できたとしても、それで本質を学べているかどうかはまた違う話ですから。

大西氏:AIについて学ぶのはいいけれど、それにとらわれすぎてもダメということですね。確かに、今主流の機械学習やディープラーニングも、本当にこの延長線上に完全な人工知能の姿があるかどうかはまだわかりませんものね。

「こっちの道が正解の可能性が高い」ということで皆同じ方向に向かって走っていますが、もしかすると全然スタート地点が違う可能性だってありますし。今はまだ、ディープラーニングの限界を見ようとしている時代なんだと思います。

小林氏:そう、まだわかっていないことだらけです。そういうとき、哲学を学んでいないと自分が今どういう位置にいるのかがわからなくなってしまいます。だから、これからAIをやる人はそういう哲学書なんかも読んでみて、「知能とは何か」ということについて考えてみてもいいと思いますよ。

大西氏:(利益に結び付ける必要がある)企業なら、ひたすら予測の精度を上げることに心血を注いでもいいんですけどね。

小林氏:そうなんです。それを大学の研究でやるべきかというと、私は違うと思いますね。

大西氏:AIについては企業も独自に研究開発を進めていますし、大学との共同研究も増えてきました。小林先生は、今後の大学の役割をどう見ていらっしゃいますか。

小林氏:大学には、お金に直結しない研究をしてほしいと思います。企業だとなかなかそうはいきませんから。それから、責任を持って学生さんを育てるということ。若い人材を教育しないと、日本の研究は伸びません。企業の方もそれを理解していただいて、ぜひ大学での人材育成にも目を向けてほしいと思います。

大西氏:私自身、小林先生に教わったことで今があります。これからのAI社会を担う学生の皆さんには、ぜひ、大学という場で本質的な”学び”を得ていただきたいです。小林先生、ありがとうございました!

After Interview

「人工知能」という非常に曖昧な言葉を、私はよく「機械学習を用いたコンピュータ」のことだと解説します。一方で先生に「知能とは何ですか」と質問したところ、「知能とは言語である」と即答されました。どちらも間違いではないのかもしれませんが、先生の回答には確かに哲学があるように感じます。AIの本質を研究するためには、ディープラーニングなどの流行りの技術を学ぶだけでなく、知能とは何かという哲学をも学ぶ必要があると気づかされました。