前回までで、AIに関する技術的な概要はお伝えできたと思います。テクニカルな話についてはまた、必要に応じて適宜補足することとして、今回からは最近話題になったAIに関するニュースを取り上げ、解説していきたいと思います。
あの「ハロ」がついに現実に!?
今回取り上げるのは、アニメ「機動戦士ガンダム」に登場するマスコットロボ「ハロ」をモチーフにしたAIコミュニケーションロボット「ガンシェルジュ ハロ」(販売:バンダイ)についてのニュースです。
昨年の「CEATEC JAPAN 2017」に出展されていたときから、実は私もとても気になっていたガンシェルジュ ハロの予約受付が7月25日から始まりました。価格は13万8,000円(税別)と気軽に買える値段ではありませんが、ガンダムファンならば一家に一台置いておきたい商品かもしれません。
対話システムの研究者であり、コンピュータと自由に対話することを夢見ている私としては、やはりハロの会話機能が気になります。しかし、そもそも「ガンシェルジュ」(公式サイトによると”ガンダム”と”コンシェルジュ”を組み合わせた造語とのこと)を冠していることからも、自由に会話を楽しむのではなく、コンシェルジュ的役割を主に考えているのだということがうかがえます。
会話機能に関しては、公式サイトにある「テレビアニメ『機動戦士ガンダム』の知識を豊富に持ち、その会話を楽しむことができる」という説明から、機動戦士ガンダム関連のシナリオについては、かなり作り込んでいることが想像できます。
ハロには「IBM Watson Assistant」の技術が採用されているとのことなので、会話に関しては、ある程度表現の”ゆらぎ”を吸収しながら、入力された発話をどのシナリオ(会話フロー)に回すべきかを判定し、その後はあらかじめ設定したフロー通りに進ませていると考えられます。
それでは、機動戦士ガンダム以外の話題に対しては、どの程度応答できるのでしょうか。
残念なことに、公式サイトには「機動戦士ガンダムの内容を存分に楽しんで頂くため、日常会話を行う機能はありません」という注釈が……。まさに日常会話をしたかった私としては少しがっかりですが、あのハロであれば、ただそこにいるだけでもさぞ可愛らしいだろうと思います。ハロに関しては、会話の自由度よりも、その愛らしさの再現のほうが重要なのかもしれません。
お金と時間をかければ日常会話も可能になる?
とは言え、やはり「ハロと自由に会話できる世界がやってきてほしい」と期待もしてしまいます。例えば、お金と時間をかけて全力で作り込めば、自由に会話ができるハロになるのでしょうか。
声に関しては、おおむね問題ないでしょう。現在でも、声優さんの声から音声合成モデルを作成可能な技術があるので、あらかじめハロが喋るセリフを全て録音しておく必要はありません。ただ、合成された音声によるセリフのイントネーションにはまだ多少の不自然さがあるので、完全に自然で自由な対話を目指すのであれば、高度な音声合成が必須の技術となります。
会話の内容については、シナリオを作り込むことで可能となる会話には限界があります。どんなに頑張って作り込んでも、本当に”自由”に話すことはできません。人の会話を想像してみてもわかるように、会話には無限とも思えるほどのバリエーションがあり、それらを全てシナリオとして作り込むことは実質不可能です。
では、シナリオを書くのではなく、例えばハロの過去のセリフを全部読み込ませることによって、アニメにはなかった状況でもハロらしく答えてくれるようになるような技術はないのでしょうか。
最近の研究で話題になったものに、「なりきり質問応答」という技術があります。
このプロジェクトでは、「あるキャラクターらしいAI」を開発することを目標としています。
具体的なやり方としては、まず、特定のキャラクターに対する質問文と、そのキャラクターになりきった応答文を入力したものを大量に集めます。しかし、人手で作成できるデータ量には限りがあります。そこで、この人手で作成したデータがある程度集まったら、それを元に応答文の一貫性を保ったままデータを拡張します。この拡張データをコンピュータに学習させることにより、特定のキャラクターっぽい会話ができるAIを開発しようというわけです。
こういった技術が進歩していけば、いつか大好きなキャラクターと自由に会話できる日が来るかもしれません。
なりきり質問応答でプロジェクト進行中の「あやせAI」はバーチャルロボット「Gatebox」ともコラボしている |
現状では、限られた対話のなかではキャラクターらしさを再現できるものの、本当の意味でキャラクターと自由に対話することはできません。例えば、ハロならば、多少話し方がたどたどしくても「可愛い」と許されるかもしれません。しかし、キャラクターによっては幻滅させてしまう結果になることもあり得ます。対話技術が未熟なうちは、自由に会話をすることはあきらめるか、流暢に話せなくても許されるようなキャラクターを選定することが重要なのかもしれません。
「なりきり QAデータを用いた用例の拡張」(水上雅博、東中竜一郎、川端秀寿、山口絵美、安達敬武、杉山弘晃)/2018年度 人工知能学会全国大会(第32回)
著者紹介
株式会社NTTドコモ
R&Dイノベーション本部 サービスイノベーション部
大西可奈子
2012年お茶の水女子大学大学院博士後期課程修了。博士(理学)。同年、NTTドコモに入社。2016年から国立研究開発法人 情報通信研究機構 研究員(出向)。2018年より現職。一貫して自然言語処理、特に対話に関する研究開発に従事。人工知能(主に対話技術)に関する講演や記事執筆も行う。
著書に『いちばんやさしいAI〈人工知能〉超入門』(マイナビ出版)。
twitter:@WHotChocolate