AIによってさまざまな業界に変革が訪れている現在、じわりと変わりつつあるのが小売流通業だ。人手によるノウハウが積み重ねられてきた業界だけに一足飛びとはいかないが、先進的な企業の取り組みにより少しずつAIの導入が進みつつある。
なかでも注目されているのが、売り場の最適化。画像認識や販売データを活用して売り場を最適化できれば、売上増やコストダウンにつながることが期待されている。
具体的にどのような取り組みがなされているのか。
6月21日に開催されたDLLAB DAY2018にトライアルホールディングス 執行役員CTO・松下 伸行氏と、P&G Japan インフォメーションテクノロジー シニアデータサイエンティストの今村 修一郎氏が登壇。AIを活用した売り場の革新について語った。
AI×600台のカメラで売れる理由がわかった
松下氏はかつて、ソニーでデジタルカメラ事業に携わっており、サイバーショットシリーズの美肌モードを開発した人物である。
そうした経歴もあり、「カメラはこの10年でとてつもなく進化した」と実感しているという松下氏。たしかに現在のカメラには、顔認識はもちろん、後ろ姿や体の一部であっても人体として認識できるほどの機能が搭載されたものもある。
一方で、スーパーマーケットに設置してあるカメラはそうした進化を生かしきれておらず、「未だに人の目で(カメラの映像を)見ている」状態にあると松下氏は指摘する。
そこで松下氏は、トライアルホールディングスが運営するスーパーセンター・アイランドシティ店に600台のカメラを導入。得られたデータを分析して、商品の陳列などに生かす試みをスタートさせた。
実はトライアルホールディングスにはトライアルカンパニーという子会社があり、ソフトウェア開発などを行っている。しかも事業としてはそちらの方が歴史が古いのだという。
ビールは計画購買、お菓子は衝動購買
スーパーセンター・アイランドシティ店のカメラにより取得できるデータは、店舗内の各地点を通過した人数、そして商品の動きなどである。画像認識技術を活用して、客がどう動いているか、どの棚の前で立ち止まっているのか、どの商品との接触が多いのかなどを可視化する。
これまでは「どの商品がいくつ売れたのか」はわかっても、売れる前の行動まではわからなかった。その商品を目当てに来たのか、それとも衝動買いしたのか、買うまでにどれくらい迷ったのか……仮にカメラで撮影した映像を分析するにしても、24時間回し続けた映像を人の目ですべてを見ることは不可能に近い。それを可能にしたのがAIの力だった。
棚に置いた商品はTensorFlowを用いて物体検知し、その領域に商品があるかないかを判断する。平置きの場合は、商品と背景色の違いを見ることで認識しているという。
導入の結果、さまざまな事実が判明した。
例えばビールは買うことを決めてやってくる客が多く、「計画購買」商品であること。一方でお菓子類は、衝動買いが多く、棚の前を通ったときに手にとっていること。
店内のさまざまな場所に同じ商品が置いてある場合もAIの出番だ。
カップ麺は専用の棚に置いてあるもの以外にも、定番商品の棚や、平置きで積んであるものもある。どの場所から何個売れたのかを把握するためにはチェックする人手を増やさないと難しく、コスト増につながっていた。
商品の動きがわかると、「売れた理由」も見えてくるようになってきた。どの場所に何を置くのが効果的なのか、データからわかるようになった。
欠品もいち早く認識できるようになり、補充の指示も出しやすくなった。これまでは欠品を経験から予測して事前に発注するケースが多かったが、補充が早すぎるとコストがかさむため、適切な補充速度を導き出すことはコストダウンに直結する。
「決して高度な技術を使っているわけではない」と松下氏は言う。
「最先端の技術でなくても、AIはビジネスに生かせる。これくらいの技術でもマネタイズできる」
今後はPOPもAIで出し分ける
今後、実装を検討しているのはPOPなどのインストアプロモーションにAIを活用する方法だ。
本来、同じ商品でも客層によっては違うメッセージを届ける方が効果的なはずである。しかし、これまでのアナログなPOPではターゲットによって内容を変えられない。
そこでタブレットだ。売り場に設置したタブレットのカメラで棚の前に立った客を認識。性別や年齢を推測することで、最適なPOPをタブレットの画面に表示するのだ。
さらに、客のトラッキングの精度もより上げていく予定だという。現在は客と従業員を識別できていないが、今後は従業員をユニフォームなどで判別することで除外できるのではないかという。
松下氏はAIによる画像認識の成果を大いに評価。今後は2021年までにカメラを20万台に増やし、全店舗展開を目指すとのことだ。