AI(人工知能)のインパクトが声高に喧伝される昨今、自社の業務にも活用したいと考えるのは自然な流れだ。だが、実際には知識・スキルの不足やコスト面などが障壁になり、二の足を踏んでいる企業が多いのが実情だろう。

福岡県田川市でクリーニング店を8店舗展開するエルアンドエーの取締役副社長 田原大輔氏は、こうした壁に真っ向から挑み、独学で自社業務のIT化を進めている人物だ。将来的には無人店舗を実現することを目標に、現在はGoogleが開発したオープンソースの機械学習ライブラリ「TensorFlow」と、ニューラルネットワークライブラリ「Keras」を活用した無人レジの開発に取り組んでいる。

Googleは4月4日、そんな田原氏を講師に招き、都内にて「『現場で役立つ機械学習』クリーニング店でAI活用!?」と題したメディアセミナーを開催した。セミナーでは、AIの専門家ではないどころかプログラミングにも縁がなかった田原氏が、どのようにAI活用に取り組み、試行錯誤を繰り返しているのかについて、率直に語ってくれた。

地方の中小企業が抱える「課題」

福岡県田川市はかつて炭鉱で栄えた歴史を持つが、石炭から石油へのエネルギー転換が進み、すべての炭鉱が閉山したことに伴って人口が減少。「過疎化と高齢化が著しい」と田原氏は説明する。エルアンドエーでも、従業員の平均年齢は48歳、最高齢は70歳を超えるという。

「そんな地方のクリーニング屋がディープラーニングなどと言っているので、周りからも変な奴だなと思われているんですが、自分のなかでは、自分だけではなく地方でサービス業を営む人にとって(解決すべき)課題があると考えています」(田原氏)

エルアンドエー の取締役副社長 田原大輔氏

それは、「地域の特性」「業界の特性」だ。

先述のように、田川市では過疎化と高齢化、人口減少が著しい。田原氏は2008年、付加価値を高め、集客につなげるために本店をリニューアルし、クリーニングやシミ抜きなど5つの専門ショップが集合する新形態のショップを実現した。そのコンセプトやスタイリッシュな店舗デザインは話題を呼んだが、「変わった店は次第に飽きる」と田原氏は言う。高齢化も進むなか、オシャレだからと言って遠方の店舗まで足を運ぶかというと難しいだろう。今は良くても、これから10年先も大丈夫かと言えばわからない。

もう1つの課題は、業界の特性としてクリーニング市場が縮小傾向にあることだ。その理由にはさまざまな物が考えられるが、家庭用洗濯機の性能が向上していることも一因に挙げられる。当然、1店舗あたりの収益も下がるので、人件費の捻出も難しくなる。

こうした課題を前に、田原氏はまず「脱電話・脱メール・脱Excel」をポリシーに掲げ、社内のIT化に取り組んだ。

具体的にはChatWorkのビジネスチャットツール「チャットワーク」を使ってメールを廃止し、電話はSkypeに置き換えた。店舗と工場のやり取りはすべてビデオチャットで行い、「70代の従業員も問題なく使っている」(田原氏)という。

Excelに関しては、Googleスプレッドシートへの一本化を試みたが、従業員の年齢層は幅広く、全員が十分使いこなすことは難しかった。そこで田原氏は「必要なのはITリテラシーの向上ではなく、UI/UXの改善」だと発想を転換し、誰でも使えるアプリを作ろうと考えた。

だが、開発会社に外注する費用などない。田原氏にプログラミング経験はなかったが、業務の傍らYoutubeの解説動画を見たり、本を読んだり、時にはeラーニングも活用して勉強し、簡単な業務アプリを作成していった。

そして2015年には、チャットワークのAPIを使った自動報告書作成ボット「SUZY(スージー)さん」を開発。これは、各店舗で入力された数値を基に報告書を自動作成し、チャットワークにリンクを投稿してくれるというものだ。

同様に、シフト表を自動生成するチャットボット「太志(フトシ)くん」も開発を進めている。今はカレンダー情報と従業員名から成るシフトのテンプレートを生成するのみだが、いずれは各自のシフト希望を取り入れたシフト表を完成させたり、勤務時間を自動分析したりできるようにしたいという。

数字を扱う「スージーさん」、シフトを組む「フトシくん」とネーミングもわかりやすい

そうこうしているうちに、2015年11月、TensorFlowが公開された。田原氏は「またゼロから勉強しなければいけないのか」と落ち込みかけた。だが、周りにTensorFlowについて聞いてみると、プログラマーからも「よくわからない」という答えが返ってきたのだ。

「これはチャンスかなと思い、英語のドキュメントを読んだりしながら勉強を始めた」という田原氏。「もしかして、AIを使って無人店舗を実現できるんじゃないか」と思い始めたのは”地獄のフェーズ”の入り口だったと振り返る。