本連載では、ABEJA代表取締役社長CEO兼CTOの岡田陽介氏と、OVERKAST代表の大林寛氏の対談を通じ、AI(人工知能)時代における「リベラルアーツ」の重要性や、テクノロジーとリベラルアーツの関係などについて掘り下げてきた。
それらを踏まえ、今回はABEJAのリベラルアーツに関する取り組みや、これからエンジニアにとって必須となる物事の考え方などについてお話を伺った。
ABEJAが取り組むリベラルアーツ活動
――ABEJAではリベラルアーツが習得できる制度を整えているとのことですが、具体的にどういった取り組みをされているのですか。
大林:昨年ABEJAとOVERKAST合同で、リベラルアーツ講座を開催しました。初回の講座では、連載第1回でご紹介したような、モダニズムからポストモダニズムへの変遷を見ながら、現代におけるリベラルアーツの再定義を考えました。
リベラルアーツという言葉を調べると、「人を自由にする学問」や「自由な精神であるための教養」などの説明が見つかるのですが、そもそも「自由(リベラル)」の解釈が時代によって結構違うんですね。歴史をさかのぼってみると、飲み会での議論をリベラルと呼んでいる時代があったり、ジェントルマンであることがリベラルな態度であると考えられていたり、いわゆる政治的なリベラルまで、その意味が多様だったのがわかります。
――講座には、外部の講師の方を招くこともあるのでしょうか。
大林:はい、現代アートのキュレーターの方を講師として招き、新しい価値の創造と歴史におけるアート作品の評価の関係についてお話していただきました。マルセル・デュシャンが手の込んだしかけをして『泉』を発表した経緯などを例にしながら、アートの価値がモノからコンセプトへと変わっていった過程や、人間の視覚の意味が光学的な技術によって変わってきたことなどを説明してもらいました。今後も、いろんな分野でリベラルアーツを実践されていると思える方を、お招きしようと思っています。
――参加者の反響はいかがでしょうか。
大林:すごく興味を持つ人と、そうでない人と別れているようでした。もともとABEJAのリベラルアーツ講座は、定期的に開催して、なるべく全員に参加していただこうと思ってたのですが、この結果を受けて、やはり興味を持った人だけが集まればいいのではないかと考えるようになりました。
私もいろんな研究会に参加していますが、大体どこも終わった後の飲み会が本番という感じなんですよ。研究会は終わっているのに、研究テーマについて朝までひたすら議論しているような雰囲気で。テーマに対して情熱があって、自由に意見をぶつけ合う環境があれば、研究職の方たちも在野の人と話したいんですよね。
だから、今後は各自が本当に好きなテーマを持ち寄って、そのクラスターごとに研究会を立ち上げていただくかたちで開催できればと考えています。それに対してABEJAが会社として支援するという方向で、企画を進めているところです。
――今後のリベラルアーツ活動について、社員の方にこういう考え方を身に付けてほしいといった展望があればお聞かせください。
岡田:テクノロジー分野を含めて社会情勢がめまぐるしく変わっていく現代においては、誰もがたどり着く正解はありません。だから、自分なりに考えてたどり着いた正解を信じて突っ走っていく能力が必須になってくると思うんです。リベラルアーツを学ぶことで、自分の信念を持って自分自身の力で歩んでいけるような人材に育ってもらえればと考えています。
また、ABEJA社内だけでなく、IT系スタートアップや大企業の方々も巻き込んで、リベラルアーツの議論ができるような環境をどんどん作っていきたいですね。
大林:私はデザインの分野で仕事をしているので、デザインの考え方をリベラツアーツ的な活動によって、今の時代にあったかたちでアップデートしていきたいと思っています。デザインの分野では、たとえば「人間とは何か」といった根源の話題は、これまであまりされてきませんでした。そんなことを考えなくも仕事に支障がないからです。
一方で、AIエンジニアの方に話を聞くと、AIにできて人間にできないことやその逆のことを、身をもって感じていたりします。つまり、日々の業務を通じて「人間とは何か」といった問いに向き合っていらっしゃるように感じました。ABEJAと共に取り組んでいくことで、今AIで問題にされていることをデザインの分野にもフィードバックしていければ良いですね。
今後、エンジニアに必要な考え方とは?
――デザインの分野に哲学の考え方を取り入れるということについて、もう少し詳しくお聞きできればと思います。
大林:岡田さんにヒアリングをしていくなかで、人文系の研究者の方とAIの技術者の方は、似た構造の考え方をしていることが多いという印象を持ったんです。
例えば、哲学の分野では、今の時代は人間中心で考えることが妥当ではなくなっています。これまでは、まず世界というものの中心に人間が存在して、周りにモノがあり、人間側からモノに関係していくという考えが一般的だったと思います。これに対して最近では、人もモノの1つとして捉え、モノとモノとがネットワーク状に繋がって意味の場になったものが世界であるという考え方が、哲学の出発点になっていたりします。
この考え方をデザインの視点で解釈すると、これまではモノと人間の関係性のみを考えて、人間の都合でデザインをするというプロセスでしたが、今後はさまざまなモノの関係性のなかの要素の1つとして人間を捉え、そのネットワークを補うものをデザインするというプロセスが必要になると考えられます。ここで言うモノとは、いわゆる物質(マテリアル)ではなく、対象となるもの(オブジェクト)です。
さらに、この関係自体もオブジェクトと捉える「オブジェクト指向存在論」という、比較的新しい哲学もあります。プログラマーの方にとって、「オブジェクト指向」は昔からなじみのある概念だと思いますが、同じような発想が違った文脈から考えられているところなんです。
岡田:これは、哲学とテクノロジーとの同時性であると私は考えています。たとえば、システムを複数のサービスの集合体として捉え、独立した小さなサービス同士をAPI連携によって繋げていくという、テクノロジーの世界で近年注目されているマイクロサービスの考え方と全く一緒なんですよ。
大林:サービスデザインの領域では、「サービス・ドミナント・ロジック(SDL)」という考え方が重要とされていて、これはもともと人類学で唱えられていたアクターネットワーク理論(ANT)を応用したものです。よく「モノからコト」という話でサービスデザインが説明されたりしますが、大事なのは無形のコトを人間が対象化してわかるように、いかにモノとして捉えるかという問題なんです。こういった領域を横断した考え方も、リベラルアーツ的な活動を通じて、いろんな方とお話できればと思っています。
――哲学の考え方を基本として、テクノロジーに限らずさまざまな分野へと展開していくというイメージでしょうか。まさにリベラルアーツの素養が必要になることだと思います。
岡田:特に、これからのエンジニアにとっては、「プログラムが書けるかどうか」ではなく、「上位概念でどれだけ技術を拡張できるか」ということが重要なファクターになります。さまざまな学問を独学で学んでいくリベラルアーツの習慣を身に付けることで、サービスや社会に自分の技術を還元していくことが必要です。これこそが、我々が理念として掲げている「テクノプレナーシップ」です。エンジニアがテクノプレナーシップを持つことはもちろん、ビジネスサイドの人たちもこの概念を知ることによって、より良い世界になっていくはずです。
テクノプレナーシップはテクノロジーだけでなく、リベラルアーツも内包しているものです。リベラルアーツの感覚を持っていれば、柔軟な思考ができるようになるだけではなく、さまざまな分野へ自分の技術を展開してくことができます。「哲学や人類学の考え方を技術に取り入れてみよう」といった発想ができるテクノプレナーシップを持つ人材が増えていくことで、人工知能はより良いかたちで社会に実装されていくと思います。それはきっと、いつか大きなイノベーションへと繋がっていくことでしょう。