AI(人工知能)の進化はあらゆるビジネスに変革をもたらしている。その傾向は小売業、特にECサイトにおいて顕著に見られる。実際、既にAIを導入し、成果を上げているサイトの1つが楽天市場だ。では、どんな場面でAIが活用され、どのような成果を上げているのだろうか。

11月14日に開催された「ウイングアークフォーラム2017」では、楽天 執行役員 楽天技術研究所代表 楽天生命技術ラボ所長の森正弥氏が登壇。楽天におけるAI活用の現状を解説した。

フリマアプリのAIが楽天の開発者を驚かせた

昨今のAIブームについて森氏は「現在は第3世代ブーム」だとし、「ビジネスを大きく変えている」と説明。その上で会場に向けて「革新をどう受け止めますか?」と問いかけ、「私たちは不可逆で革新的な技術に何度か直面しています。今のAIも、そういう状況です」と現状を説いた。

楽天 執行役員 楽天技術研究所代表 楽天生命技術ラボ所長の森正弥氏

森氏がそう考えているのには根拠がある。楽天が展開するフリマアプリ「ラクマ」にAIを導入したときのことだ。

「画像に写っているものが何なのかを認識させたところ、軽く実行しただけで異様な精度が出てびっくりしました。『これは本格的に導入していかないと』ということになったのです」(森氏)

単に精度が高くて驚いたという話ではない。これまで画像処理やデータ処理は前段階での下準備が重要だと言われていたのだが、ラクマの実験では前作業をしたほうがむしろ精度が下がることがわかったのだ。”ゴミ”を排除せず、整えていないデータを大量に投入したほうが、AIが「ゴミをゴミと認識」できるようになるため、精度が上がるのだという。

森氏は「従来の考え方や業務プロセスを完全に見直さなければなりません」と当時の衝撃を語った。

AIの進化で予測される「専門家が負けていく」未来

森氏は楽天で技術戦略の担当をしており、楽天技術研究所を統括している。世界5拠点、120名以上のスタッフを束ねる役割だ。

そうした立場から森氏は、「AIを活用しないと、もはや生きていけないという危機意識がある」と語る。

例えば競馬事業だ。楽天では競馬ハッカソンを2年前に実施し、地方競馬を盛り上げるためのアプリやサービスをチームごとに開発したのだが、そのなかにAIを活用して勝ち馬を予想するアプリを制作したチームがあった。

実際に試してみたところ、この予想アプリが想像以上の成果を上げたのだ。開発者には競馬の知識がまったくなかったにも関わらず、である。

この出来事はすなわち、これから起きうる「専門家が負けていく」将来を示唆していると森氏は言う。

AIがもたらす新たな可能性の1つに「ロングテール」がある。

これは、「少しだけ売れている商品を積み上げると、売上の9割を占める」という法則で、2000年に提唱された時点ではまだ仮説段階だった。森氏も懐疑的だったというが、2008年には事実であることが実証されている。特に日本の小売では顧客も商品もロングテールであり、常識では測れないものが売れることが多いという。こうした背景があり、小売業ではロングテール分析が必須という状況であった。

ところが、膨大な数の商品があるため、ロングテールで何が売れるかを予想するのは難しく、人手で分析するのにも限界がある。

そこでAIの出番というわけだ。商品や売れ行きといった大量のデータをAIが分析することで、ロングテールで何が売れるのかを予測できるのである。