デジタルマーケティングの専門部署を作り、会社横断的に施策を展開するキリン。そのノウハウの一部をご紹介している本連載の2回目は、ワインを手掛けるメルシャンに焦点を当てる。
キリン デジタルマーケティング部 主務 寺田 智伸氏 |
ワインは、産地や価格、原料となるブドウの品種などが多種多様で、初心者は店舗で選ぶのも一苦労という”とっつきにくい”印象が強い。「もっと手軽に楽しんでもらうにはどうすればよいのか?」というのが、メルシャンが長く立ち向かってきた課題である。
今年9月、同社はワイン紹介サイト「ワインすき!」の新サービスとして、AIを活用したチャットボット「オフィシャルアシスタント おしえて! みのりさん」の提供を開始した。ユーザーの好みに沿ったワインや、ワインに合うレシピなどが、「みのりさん」との対話を通じて紹介されるというものだ。
本稿では、同サービスを手がけるキリン デジタルマーケティング部 主務 寺田智伸氏に、開発の経緯や狙いについてお話を伺った。
「ワインは難しい」をいかに払拭するか
ワインを嗜むには深い知識が必要。――そんなワインのイメージを払拭するため、「ワインすき!」は2009年に立ち上がった。
ワインの基本知識や楽しむコツ、ワインに合う料理のレシピなどが主なコンテンツだ。ワインのマナーを解説した漫画や、ワインの開け方や保存のテクニックなどを紹介した記事が人気だという。
また、料理の専門家が考案したワインに合う料理のレシピも毎週公開されており、現在では300以上のレシピが揃う。レシピにコメントできたり、プレゼントやイベントに応募できたりなどといった会員向けの機能もある。
しかし、同サイトの運営においては、会員登録のメリットが弱い、また、質の良い多くのコンテンツを揃えてはいるものの、情報を必要としているユーザーに行き届いていないという課題を抱えていた。
これらの課題を解決するのが、「みのりさん」というわけだ。
「AIを用いたチャットボットで、お客様が持つワインへの疑問と、我々が持っているコンテンツをマッチングできないかと考えました。お客様のニーズにダイレクトにお応えし、メーカーの視点でおすすめ情報を提示することで、商品購入までの導線を作ることが狙いです」と、寺田氏は説明する。
同サービスの利用には、ワインすき!の会員登録(無料)が必要となるため、会員数の増加も見込めるという事情もある。
ワインについて気軽に質問できる「みのりさん」
チャットボットという手段を選んだのには、トレンド以外の理由もある。
「チャットボットは、ワインの性質にとても合っていると思ったからです。ワインのことを聞きたくても、周りに詳しい人がいないという状況は多いのではないでしょうか。チャットボットを利用すれば、気軽にその場でワインについて質問することができます」(寺田氏)
みのりさんには、飲用シーン・予算・ワインのタイプからワインを提案する「おすすめモード」、予算・好みのワインの特長からワインを提案する「こだわりモード」、予算・一緒に食べたい料理からワインを提案する「料理合わせモード」があり、さまざまな視点からおすすめのワインをいくつか選んでくれる。
300~400種あるメルシャンのワインに対してそれぞれ、各料理が紐付けられているという。実際に試してみたところ、チャーハンやカレーといった一見ワインとは合わなさそうな料理にもきちんと回答された。
確かに、日常生活を振り返ってみると、一緒に飲む人や、食べたいものに合わせてお酒を選ぶというシーンは多くある。
「サービスの開発にあたっては、知人を集めて座談会を開催し、普段どうやってワインを選んでいるのかヒアリングしてみたんです。すると、一般の人たちは、記念日やパーティーで飲む、1人で飲む、家族で飲む、などといった飲用シーンをはじめに想定していることがわかりました。その次に価格、ワインの種類……と決めていく流れです。ワイン選びのプロは、ワインのさまざまな情報が頭に入っているため、好みや気分に合わせて、飲みたいワインにダイレクトに到達してしまいます。お客様は、その逆の流れでワインを選んでいるということなんです」(寺田氏)
また、みのりさんには、ワインだけでなく、ワインすき!内にあるレシピやその他のコンテンツを紹介してくれるモードもある。
運営側からみると、チャットボットを通じて、ユーザー一人一人が求める情報を適切に提供できるメリットがある。得られたデータの分析はこれからだというが、ユーザーがワインに対して抱いている課題やニーズ、ワイン選びのプロセスなどを知るためにも、チャットボットは有効であるといえる。
デジタルマーケティング部主導でデジタル化の波に乗る
みのりさんは、長年システム部で経験を積んできたデジタルマーケティング部の寺田氏と、デジタルマーケティング部とメルシャンのワイン営業部を兼務するスタッフが中心となり立ち上げられたサービスだ。ワインを身近に感じてほしいという思いを持つソムリエ資格者でもある2人が、それぞれの経験をうまく合わせた形となる。
もともと、メルシャンにはデジタル化が進んでいないという課題があった。
デジタルマーケティング部主導のもと、デジタルを用いた施策を推進することによって、デジタル化の波に上手く乗り、知見をためながら事業に還元していくという循環を生み出していきたい考えだ。将来的には、蓄積した情報をもとに会員1人ひとりに対してパーソナライズした情報を提供していくことも視野に入れている。
寺田氏は「お客様の質問の意図やニーズを正確にとらえて答えていくというのが当面の課題です。こうしてお客様の理解を深めることで、ワインすき!の会員獲得やメルシャンのブランド価値向上のサイクルを回していきたいですね」と今後の展望を語っていた。
今後、メルシャンからさらなるデジタル施策が打ち出されてくることを楽しみにしたい。