「AIが人々の働き方にどのような影響を与えていくのか」をテーマに解説してきた本連載も、いよいよ最終回です。拙著「人工知能が変える仕事の未来」(発行:日本経済新聞出版社)の結論部分では、AI時代の人材や人材育成についてまとめました。本連載でも同様に、AIという道具をうまく活用して生産性を向上させ、現場で働く人の幸福度を増していくプロセスに大きく貢献できる「近未来の情シスの在り方」「情シス部員像」に迫ってみたいと思います。

AI時代に通用する情シス部門とは?

連載を通じて、伝統的なITではあまり議論にならなかった「精度」という仕様や、非機能要件(non-functional requirements)がAIでは重要であることを強調してきました。データ投入以前に精度を予測することが機械学習系のAIでは困難なことから、必ず現場の実データを使って小規模の学習、精度評価実験を行うことが求められます。

そうした場合には、「取り違え行列(Confusion Matrix)」を活用し、行列の個々の判定ボックスごとに、その後工程で人間が何をすべきか考えることで、新業務フローをラフに描くことができます。

AIの導入によって一般的には複雑化する新業務フローの下、サービス水準の向上(縦方向)やサービスカバレージの拡大(横方向)を狙い、ひいては真の生産性向上を数値目標通りに達成すべく、小さな工夫・対策を積み重ねて、効果を実証していく――これが、AI導入のリアルな実態なのです。

このような対応・アプローチには、具体的な対象業務のバリエーション(例えば、第6回で紹介した12例)に関係なく、共通性があります。そこで、全社横断で業務フローの進化・深化、AIによる生産性向上を達成するノウハウをどこかの部門に集約することが合理的だと考えられます。

では、情シス部門が、AIツールを駆使して確率的な数値シミュレーションによる予測値などを出せる研究能力を備え、経営を支援できる部門になるには、具体的にどんなスタンスで、どのような勉強、調査・研究、実証評価などを行うようにしたら良いのでしょうか? また、どのように自分自身を含む情シス部門の人材を鍛えたり、新規採用したりしたら良いのでしょうか?

1つ確実に言えるのは、SIerなどの外部ベンダーが「ご提案」を持ってくるのを受け身の姿勢で待ち、その数社の提案内容から最新情報を得ようなどといった考え方では、AI時代には全く通用しないということです。

毎日斬新な応用や研究面でのブレークスルーが伝えられるAIの領域においては、最少の枚数で綺麗に仕上げられた「ご提案」資料など、数日もしないうちに陳腐化します。「ITゼネコン」という皮肉に象徴されるように、高コストでありながら、リスクと責任だけは丸投げできそうな相手からの「ご提案」にしがみついていては、組織ごと時代遅れになってしまいます。

これを回避するには、まず、クラウド上のAIエンジン・ビッグデータが新機能や実用性の鍵となっていると思われるスマホアプリを独自の視点・目的で使いこなし、本業へのアナロジーに思いを巡らせること。そして、遊び心を失わないうちに、新たな問題解決方法(業務の生産性向上や斬新な利益を消費者に与える新機能など)を発想していくこと。そのために、自ら主体性を持って毎日、新情報・新知識を入手・咀嚼し、近未来のビジョンを自ら描いて検証していくこと。こうした行動が必要でしょう。

いきなり非常に高いハードルを提示されたように思われたかもしれません。「最新のスマホゲームをプレイするのは好きだし、ハードにもソフトにもプライベートではこだわっているが、仕事は仕事、趣味は趣味、で区別したい」という思いもあるかもしれません。

しかし今、そんな余裕のある状況でしょうか。AIの新知識や情報を取り入れてクリエイティブに仕事をこなしつつ、全社の売り上げ増に貢献できるように進路をシフトするのが急務なのではないでしょうか。自然体でIT知識を自ら求めて使いこなし、さらにその意味を洞察して自前のノウハウにアレンジしていけば、もっと楽しく、大きな成果を上げられるのではないでしょうか。

その具体的な方法について考えてみましょう。例えば、リクルート主催のプログラミングコンテスト「Mashup Awards」では、金融機関や会計ソフトを展開している企業、大手電機メーカーで基幹系システムを開発しているエンジニアの方などが大勢参加しています。優秀な作品については「人工知能が変える仕事の未来」の第8章でも紹介していますが、いずれも非常に斬新なアイデアであり、最新テクノロジー搭載のAPIがいくつも組み込まれた素晴らしい作品に仕上がっています。受賞インタビューからは、本業とは全く関係ない作品を、自宅で土日祝日に、ときには有給休暇をとって開発したというケースが多い印象を受けました。

なぜ、これほどのクリエイティブな才能を本業に生かさないのだろうか? と不思議に思っていたら、ほどなく退職してベンチャーに転職していた、というケースもありました。同様の才能は、メタデータ社主催のハッカソンでも、何人も見いだされています。なかには、「本業の基幹サービスにも何とか活かしたい」と語ってくれた方や、本業でクラウド活用から自社製APIの開発、それを他社製APIとマッシュアップするという、APIエコノミーの王道を行くような活動を始めたとさらりとおっしゃる方もいました。

自宅でゲームやエンタメ系のマッシュアップ作品を作るなかで、楽しみながらAI系APIを組み込む作業に、生き返るような思いがするケースもあるようです。例えば、もともとゲーマーならば、NVIDIAのハイエンドGPUを組み込んだPCをUbuntu OSでデュアルブートにして、深層学習のライブラリをインストールし、動かしてみることにもあまり抵抗がないでしょう。大規模なデータの入手やデータ整備については、さすがに自宅でやりきるのは無理でしょうから、その辺りから同僚・上司を少しずつ巻き込んで……というかたちで本業に反映できると良いかもしれません。

これからの情シス部員に求められる要件

以上のようなAI時代の「歌って踊れる(?)情シス部員」に求められる要件としては、次をお薦めしてよいかと思います。

1. 自らがエンドユーザーとしてコンシューマー分野の最先端IT・AIの動向を「ツマミ食い」し、体感すること
2. 目標精度設定や取り違え行列の各ボックスごとに分岐する新業務フローの設計に貢献すること
3. 自らAIのライブラリをインストールして試用することに加え、安定したAIツールを運用して精度の比較評価を行える体制をサポートすること
4. 地道なデータ収集や整備を行い、現場をデジタル化すること
5. 「恒常的に例外的な事態が発生し続けても対応できる人材」になるべく、自らを鍛えるとともに、チームとして対応できるよう互いに切磋琢磨すること

上記のうち3以外は、実は「ビジネスを意識し、何らかのかたちで売上・利益の改善を考えること」でもあります。とは言え、これまで、こうした方向性や体制、ミッションで仕事をしてこなかった情シス部門・部員は、一体何を参考にしていったら良いのでしょうか?

その回答の1つとなるのが、第6回で紹介した「ITIL(IT Infrastructure Library)」です。ITILは、もともと英国商務省という純粋なユーザー部門が考案したもので、あらゆる例外的な事態をも管理できるように、ITインフラの活用のガイドラインを示した知識体系になっています。「システムの運用管理を意識したベストプラクティス集」という捉え方もできるでしょう。筆者は、リコーのソフトウェア研究所に勤務していた際に、ドイツでITILベースのコンサルティングを行うベンチャー企業DCON社と出会い、その美しさと有用性に感動しました。AI導入に際して「業務の分解と再構築が待ったなし」となったとき、ITILの考え方を援用して、現実に即した業務定義とワークフローの記述を行うのはとても良いように思えます。

筆者が十数年前に本業で関わっていた当時はまだ「ITIL V2」でしたが、サービスサポートとサービスデリバリーの2枚の中核モジュール図が噛み合ってサービス管理を構成し、周辺を「ビジネス展望」「ICTインフラ管理」「セキュリティ管理」「アプリケーション管理」「サービス管理」の実装計画が固める、見事な概念図が印象的でした。

サービスサポートのプロセスモデルのなかでは、まず、サービスデスクにあらゆる情報が集まり、「インシデント管理」「問題管理」「変更管理」「リリース管理」「構成管理」に振り分けられます。ツールを使いつつも人的体制が相互に依存関係を持ち、自律分散的にミッションを追及するコンセプトに万能性と効率性の両立を見いだし、非常に説得力を感じました。

統一的に引き出せる構成管理データベースがITによる情報集中管理の中核にあり、情報の喪失防止やタイムリーに引き出せるシンプルなアーキテクチャを追及すべきことが暗黙のうちに示されているようです。

以下に、恒常的な改善のサイクルを前面に出したITIL V3の2011年版の概念図を示します。

ITIL V3の2011年版の概念図 (C) Benny Kamin, 2013(Wikimedia Commonsより引用)

AIの導入・運用に際して情シス部員に求められる先述の5項目のうち、特に2と3を具体化し、実施する際の参考になるかと思います。

具体的な業務フローや業務分担を設計し、評価・改善を継続していくにあたり、トータルで考えておくべきことの列挙・網羅に役立つだけでも、ITIL V2・ITIL V3の概念図や項目一覧、その説明文などは意義があると言えるでしょう。

今のAIは全てツールであり、業務フローを自ら設計したり、未経験の例外的な事態を収拾したりしてくれるようなものではありません。連載を締めくくるにあたって誤解を恐れずに言えば、企業がAIという強力で有用なツールを使いこなしてアウトプットの質とカバレージを拡大し、生産性を向上させるには、情シス部門や人材が力を持ち、AIを活用して経営の一翼を担う覚悟を決める必要があります。

著者紹介

野村直之


野村直之 - メタデータ株式会社 代表取締役社長 理学博士

NEC中央研究所、MIT(マサチューセッツ工科大学)人工知能研究所、ジャストシステム、リコーなどを経て05年にメタデータを創業。人間がより人間らしい仕事に集中できるよう、深層学習などのAIを含む高度なアルゴリズム、データ分析ツールでホワイトカラーを支援する使命を果たすべく日々奮闘中。