AI(人工知能)に限らず、何らかのIT製品・システムの導入に際しては、ユーザー企業が「延々と技術者から意味不明な数式やコンピュータプログラムの話を聞かされるのではないか」と警戒する向きもあるでしょう。
そこで、ITベンダー側は、実際に苦労して新規開発する部分はオブラートに包んで、ニーズや業務フローに即した必要最小限のデータ入出力インタフェースのみ正確に開示し、それ以外は、ビジネスマン向けに概念的に(時に比喩的に)わかりやすいシステム構成のみを説明することがあります。
かつて、このようなシステム構成を称して、IBMの某システム開発部長が「Maketecture (マーケテクチャ:技術的に正しい構成にとらわれず、マーケティング目的でシンプル化しわかりやすくした、ある種架空のシステム構成)」と呼んだのが印象的でした。
一方、ニーズ万能・ニーズ主導だったIT導入のしきたりに対して、昨今のAIブームが風穴を開けた感もあります。例えば、「他社に先がけてAI導入をしたい」とトップが判断した結果、本来は要素技術にすぎないAIが独り歩きし、「どんな業務にどのようにAIを導入するのか」というニーズの分析を後回しにしたままで現場にAI導入が指示されるといった具合です。ユーザー企業のトップが、「まずAI導入ありき」で、ニーズや新業務フロー、時にビジネスモデル刷新のことなどは棚上げして、技術導入自体を目的としてしまう現象だとも言えます。
指名された当のAI推進室長が戸惑って、どこから手を着けていいかわからず、ひたすら1年以上調査・ヒアリングを続けたというような話も耳にします。そうした調査に、コンサルティングという名目でITベンダーが加わり、何の業務改善にも至らないまま予算を消費してしまって、「AI詐欺にあったようなものだ」と感じるケースもあるかもしれません。
このような事態を未然に防ぎたいと考え、筆者は、AIのリアリティを描いた「人工知能が変える仕事の未来」(発行:日本経済新聞出版社)を執筆し、オンライン索引を提供しています。本書がきっかけで経済同友会や各種業界団体のトップなどの集まる場、学会、医療含む最先端研究の場、学校などで数十回の講演を行い、雑誌・新聞・TVへの露出も50回を超えました。なかでも、三菱グループ約40万人に配布される広報誌「マンスリーみつびし」(2017年5月号)に掲載された「人工知能の世界」は、取材を基に、同書のエッセンスで埋め尽くされたかたちとなりました。これをきっかけに、具体的なAI導入によるROI(Return Of Investment)確保への動きが出てきたという話も聞いています。
本連載では前回までに、AI導入手順の重要なエッセンスをまとめてきました。いわゆる「正解データ」作りには大きなコストがかかることについても強調しましたし、業務フローの分解と再構築が避けられず、多くの場合、AI導入以前よりも複雑な業務手順になることも正直に訴えてきました。これは、1人の人間の全作業をAIに置き換えるのは不可能なためであり、特に中小企業においては顕著に起き得る事態です。
下記は、ユーザー企業が最短時間・低コストでAIの精度や速度などを実証評価して現場に導入するために、メタデータ社との役割分担と、プロトタイプ開発の作業フローを描いたものです。
これらについて、一般のIT、企業情報システムの導入や刷新で使われる言葉、模式に当てはめて、さらに丁寧に情シス部門の方々に「通訳」すべく次著の出版を急ぎたいと思っていました。そこへ、機動力ある情報システム開発を熟知した著者が執筆したうってつけの書籍が5月末に刊行されました。「人工知能システムを外注する前に読む本~ディープラーニングビジネスのすべて~」(発行:シーアンドアール研究所/著者:坂本 俊之)です。
同書では、PoC(Proof of Concept)、フィジビリティ・スタディの段階から、既存の業務フローを顧客と一緒に描き、一般のITプロジェクトよりも丁寧に、時間もコストもかけて、とクライアント企業に説明すべき内容がわかりやすく図解されています。AIを研究開発する企業が、ユーザー企業や既存情報システム担当のSIer、そして、業務分析と改善を専門とするコンサルティング会社などのビジネスパートナーとコミュニケーションを行う複雑な状況がわかりやすく図解されていたりもします(p.148)。「やってみなければ精度も、そもそも実用になるかもわからないこと」「膨大な計算資源を投入し後戻りしにくい中流下流フェーズは分担しにくいこと」なども、実態に即して正直に語られています。そして、これらを乗り越えて、従来ITの恩恵が得られなかった情報処理が進展することを礼賛しています。
将来の夢については、計算量の理論に精通した研究者とは違ってシンギュラリティ肯定派のように記されているものの、カバーにある「シンギュラリティより明日のメシのたねだ!」の精神で、ディープラーニングには難しい問題や、ほかの機械学習やオーソドックスな統計的手法のほうが向いている課題なども具体的に紹介してくれています。知的財産権が十分に保護されない問題点や機密データの管理責任、匿名化の問題点を含め、さまざまなコストの問題、何より、機械学習本体をトレーニングする前の準備に労働集約型の仕事が多量に発生する問題点を、BIツールなどで全力で解決すべきことなどについても紙数を割いて強調しています。
同書は、具体的にAI導入を進めようという企業や、情シス部門の方の必読書と言えるでしょう。AI導入検討時には、ぜひ「人工知能が変える仕事の未来」と併せてお読みいただき、有効で効率的なAI開発・ビジネス現場への配備と、ROIの追及でパートナーシップを健全に築くための「意識合わせの教科書」としてほしいと思います。
著者紹介
野村直之 - メタデータ株式会社 代表取締役社長 理学博士
NEC中央研究所、MIT(マサチューセッツ工科大学)人工知能研究所、ジャストシステム、リコーなどを経て05年にメタデータを創業。人間がより人間らしい仕事に集中できるよう、深層学習などのAIを含む高度なアルゴリズム、データ分析ツールでホワイトカラーを支援する使命を果たすべく日々奮闘中。