ITの普及がビジネスに大きなインパクトを与えたことは、もはや言うまでもない。あらゆる場面でITが活用されるようになり、先進国の生産性は大きく向上した。そんななか、なぜか日本の生産性だけが頭打ちになっているのだ。その理由はどこにあるのか。
3月16日~17日に開催された「ガートナーエンタプライズ・アプリケーション戦略&アプリケーション・アーキテクチャサミット 2017」では、基調講演に慶應義塾大学 政策・メディア研究科 特別招聘教授 夏野 剛 氏が登壇。ITがもたらした社会構造の変化を解説すると共に、その変化に追いついていない日本企業の現状を指摘した。
伸び悩む日本の現状と「3つのIT革命」
夏野氏はまず、20年前のインターネットを次のように振り返った。
「20年前はまだ1人1台のPCがなく、ネット上でビジネスをしている企業もほとんどありませんでした。楽天もAmazonもビジネスを始めたのは1997年からです。しかし、今は何でもできます。スマホがあれば、インターネットに常時接続が可能です」
では、そんなインターネットの発展がもたらした経済価値はどれほどのものだろうか。GDPはどれくらい改善したのだろうか。
夏野氏は、「残念ながら、『失われた20年』と呼ばれている通り、日本のGDPは伸びていない」と嘆く。
「成熟社会だからと言う人もいるが、そんなことはありません」(夏野氏)
慶應義塾大学 政策・メディア研究科 特別招聘教授 夏野 剛 氏 |
欧米のGDPと人口推移比較を見ると、米国はこの20年で人口もGDPも伸びており、特に名目GDPは130%の成長を見せている。米国以外にも、中国やドイツなど各国がGDPを伸ばすなか、日本だけがわずか0.5%の成長に留まっているのだ。
「その理由は、技術の差ではない」と夏野氏は断言する。
「技術はむしろ日本のほうが進んでいる部分も多くありました。iPhoneが登場するまで、欧米は携帯からネットに接続することもできなかったんです」(夏野氏)
にもかかわらず、なぜ日本と海外で、これほどの差がついてしまったのか。その理由を探るためには、まず「IT革命とは何か」を振り返る必要がある。
夏野氏によれば、21世紀になって進行しているIT革命は3つあるという。
まず第1の革命は「効率革命」だ。ビジネスのフロントラインがネットに展開し、コミュニケーションスピードは飛躍的に上昇した。
そして第2の革命は「検索革命」。個人の情報収集能力が拡大し、夏野氏曰く「にわか専門家」が量産されるようになった。
そして第3の革命である「ソーシャル革命」。TwitterやFacebookなどの登場で個人の情報発信能力が拡大した。
問題は、これらの革命に日本企業がついていけていないことだ。例えば、効率化が進んだにも関わらず、「多くの企業で役職体系が変わっていない」と夏野氏は指摘する。
「技術的に効率が上がっているのに、まさか20年前のままの役職体系? 決済者の数も変わっていない? それでは効率は上がりません」
また、誰もが検索で情報を入手するようになった結果、「顧客のほうが自社よりも知識を持っている」ケースが増えているともいう。
「例えば、世界の研究開発のプロセスは変わってきています。日本は未だに総合研究所を設けて、刑務所みたいな場所で研究していますが、もうそういう時代ではありません。その場所にいなくても情報は集まるのです。日本は新しいことをしようとすると、社内にチームを作ってシリコンバレーを見学しに行ったりします。Googleは、新しいことをやるなら企業を買収してさっさと人を集めます。その結果、開発期間を短縮できるわけです」
こうした問題をどう改善していけばいいのか。そのためには現状をもう一度理解しておく必要がある。前述した3つのIT革命が世の中に何をもたらしたかのを整理するのだ。
まず、「組織と個人のパワーバランスが大きく変化した」ということが挙げられる。
夏野氏は、「今までは専門家と言うと会社組織に所属しているのが当たり前でしたが、今はネット上にいくらでも情報があり、組織にいない専門家がいます。情報の整理や報告ではなく、情報の解釈と活用が重要になっています」と説明する。
これは、「社会で通用する人材の資質が変化した」ことも指しているという。これまでなら社員を自社内で異動させることにで経験や知識を蓄えさせていたが、「もうそんなことをする意味はない」(夏野氏)というのだ。
その代わりに実現すべきなのが「個人能力の最大化」である。夏野氏曰く、「現在は100人のエリートよりも1人のオタクが勝つ」時代。会社組織においても、「社員のオタク度をチェックして適切な部署に配属すべき」だという。