通信会社というポジションながら、VR(Virtual Reality : 仮想現実)に積極的な取り組みを見せているのがKDDIだ。同社は今年5月、スマートフォン向けVRビュアーやコンテンツなどを手掛ける「ハコスコ」へ出資したほか、HTCのVR製品「HTC Vive」を活用して、次世代コミュニケーション コンテンツ「Linked-door」を開発。米国で3月に実施された「SXSW 2016(South by Southwest 2016)」でデモンストレーションするなど、3キャリアの中でも活発な動きを見せる。
ゲームやエンターテインメント関連企業ではないKDDIが、なぜVRに力を入れるのか。KDDIの商品・CS統括本部 商品企画部 商品戦略3 グループリーダーの上月勝博氏と、バリュー事業本部 新規ビジネス推進本部 戦略推進部長の江幡智広氏に話を聞いた。
ARで得た経験からVRの体験価値に着目
KDDIがVRに取り組み始めたきっかけの一つが、「AR(Augmented Reality : 拡張現実)」だ。同社は、かつてAR活用アプリを提供していた「頓智ドット」へ2010年に出資したり、KDDI研究所で技術開発したAR技術を応用したアプリ「SATCH VIEWER」の提供を行うなど、関連技術には以前より知見があった。一方で、数年前のスマートフォンの処理性能ではARによる高い価値体験の提供が難しい部分もあったようで、大成功とは言えない状況だった。
ただ、ARへの取り組みがあったからこそ、「Oculus VRやHTC ViveなどでVRを体験した時は、かつてのARよりも非常に高い体験価値を得られたし、ユーザーも入り込みやすい」(江幡氏)と、可能性を感じたそうだ。ARとは異なり、HMD(Head Mounted Display)を活用して「没入感」という新たな感覚をVRでは体験できる。KDDIにはコンテンツやサービスといった周辺商材も揃っている。これらを総合的に取りまとめられるポジションだからこそ、KDDIとして力を入れる判断になったようだ。
一方で本格的なVRを楽しむためには、高価なHMDやPCを購入する必要があり、ハードルが高い。そこでKDDIは、よりライトなスタイルでVRが体験でき、自社で商品を抱えるスマートフォンのVRに着目。VRの裾野を広げるべく、ライトなVRに強みを持つハコスコへの出資を決めたという。
進化するスマートフォンのVR
ハコスコは、スマートフォンをセットするだけでVRを楽しめる、段ボールを用いたライトなVRヘッドセットを提供する企業として知られている。ハードだけでなく、360度動画を配信するプラットフォームを持ち、コンテンツ制作にも取り組む。VR関連のコミュニティや人脈も多く持っていることから、KDDIはライトなスタイルのVRを提供するだけでなく、ハコスコが持つVRの総合的なノウハウを取り入れ、今後のビジネスにつなげるべく投資を実施したとも言えるだろう。
VR自体の盛り上がりもあって、スマートフォンを活用したライトなVRに力を入れる動きは、国内外を問わず大きな潮流となっている。しかし、ライトなVRにも難点がある。VRはユーザーの視界をディスプレイがすべて覆い、視界が制限されることで目前のディスプレイに集中させる。ただ、スマートフォンVRではレンズやディスプレイ、CPU性能、センサーの問題から、画素の粗さや人の動きにCG描画が追いつかず、車酔いに近い症状が起きやすくなる。高品位な専用デバイスであれば、そういった問題は生じにくいが、ライトなVRでは満足できる体験が得にくいのも事実だ。
KDDIも、SXSWなどで公開した「Linked-door」では、ユーザーの体験価値を高めるため、あえてHTC Viveと高性能なPCを用いている。しかし上月氏は「Linked-doorは5~7年先をイメージして作ったものだが、最近では1~2年以内、しかもモバイルで実現できるんじゃないかと感じるようになってきた」と話す。
グーグルはAndroid OSの新バージョン「Android N」で、VRプラットフォーム「Daydream」の提供を打ち出した。同プラットフォームではハードウェアメーカーも参画して高品位なVR体験の創出を目指す。もちろん、プラットフォームとしてアプリケーションのVRへの最適化も図ることから、VRへの期待感と、ライトなVRが与える体験価値のギャップは解消されていくことだろう。