5月11日~13日に開催された「第5回IoT/M2M展春」では、最新の技術や事例を紹介する多数の専門セミナーも開催された。そのうちの1つ「位置情報を活用したマネタイズビジネス最前線 ~IoTプラットフォームを活用して次世代ビジネスの実現を~」には、日本ヒューレット・パッカード ネットワーク事業統括本部 コンサルティング技術部 コンサルティングエンジニアの下野慶太氏と、同 通信・メディアソリューションズ統括本部 シニアコンサルタントの高野博幸氏が登壇。位置情報を使ったIoT(Internet of Things)の先進事例と、IoTビジネスをマネタイズしていくための方法論を紹介した。
200万ドルの収益改善を実現した「Levi’s Stadium」
企業のIoTへの取り組みが活発化するにつれ、IoT関連ビジネスをマネタイズしていく方法にも関心が集まっている。IoTは工場の生産性向上や業務の効率化といった分野だけでなく、顧客接点を新たに作り、付加価値を提供するような取り組みにおいても有効だ。こうした取り組みは、O2O(Online to Offline)やオムニチャネルなどと呼ばれ、これまでにも店舗への送客や顧客体験を高めるためのマーケティング施策として実施されてきた。
日本ヒューレット・パッカード ネットワーク事業統括本部 コンサルティング技術部 コンサルティングエンジニアの下野慶太氏 |
位置情報を活用した施設内マーケティング市場は、2019年までに40億ドル規模に成長することが見込まれている。顧客サービスに直結する施策だけに、マネタイズを含めた取り組みを推進し、明確な成果が問われる分野になってきたと言えるだろう。
講演で最初に登壇した下野氏はまず、位置情報活用のマネタイズで成果を上げた事例として、米国の多目的スタジアム「Levi’s Stadium」を紹介した。同スタジアムでは、施設内で無料のWi-Fiとモバイルアプリ「Levi’s Stadium App」を使って顧客体験を高めるサービスを提供している、
たとえば、観客はアプリ上で提供されるスタジアムのマップを使って、自席から最寄りのレストランや駐車場などの施設への道案内を受けることができる。自席の位置情報は運営側に通知することもできるため、アプリ経由でフードをオーダーし、自席までデリバリーしてもらうといったことも可能だ。
また、アプリはビデオ再生機能も備えており、テレビ中継と同じ視点からプレイを確認したり、見逃したシーンをさまざまな角度から見たりといった使い方で試合をより楽しむことができる。
「スーパーボウル2016では来場者の40%がWi-Fiを利用し、Wi-Fi経由のデータ量は1試合で10TB超に達しました。来場者のアプリ利用率は33%と、業界平均の5%を大きく上回っています。Levi’s Stadium Appの提供を開始してから売上が増加し、従来道案内などにかかっていたコストの削減に成功しただけでなく、顧客満足度も大きく向上しました」(下野氏)
Levi’s Stadiumでは、売上増とコスト削減効果で200万ドルの収益改善を実現したという。こうした仕組みを支えているのが、Wi-FiやBluetoothといった通信技術だ。Wi-Fiの位置精度は10m程度となっており、双方向通信が可能で取得できるデータの種類・量が多い。そのため、「データ分析の情報収集元として最適」(下野氏)だという。
一方、Bluetoothは、アップルがiOSに「BLE(Bluetooth Low Energy)」を採用したことが話題になり、スマートフォンから位置情報を得る技術としても広く活用されつつある。3m程度の位置精度が得られるため、通行人にプッシュ通知で近隣店舗の広告を表示したり、現在地を確認しながら道案内を行ったりという細かな位置情報をスマートフォンへ提供する用途に向いている。これを活用するには、いかに使い勝手の良いアプリを用意するかが重要になるだろう。
そこで下野氏は、Aruba, a Hewlett Packard Enterprise company(HPE Aruba)が提供するモバイルアプリ・プラットフォームを紹介。デモを交え、豊富な設計テンプレートなどを利用することにより、短期間・低コストで位置情報を活用したアプリを作成できると説明した。
また、氏は新たなデバイス市場としてロボット産業を挙げ、今後の企業におけるIoT活用では、ロボットを活用した取り組みが増えると提言する。そして、ロボットとスマートデバイス、Wi-Fiを組み合わせたソリューションにおいてもHPE Arubaのプラットフォームが役立つことをアピールした。
位置情報と自社資産を組み合わせ、「儲ける仕組み」を作れ!
日本ヒューレット・パッカード 同 通信・メディアソリューションズ統括本部 シニアコンサルタントの高野博幸氏 |
続いて登壇した高野氏は、IoTのマネタイズに向け、企業が取り組むべき具体的な施策について解説。まず初めに、IoTビジネスはプラットフォームビジネスであること、そのビジネスモデルには「基盤型ビジネス」と「媒介型ビジネス」の2つがあることを示した。
基盤型ビジネスとは、製品とサービスが一体化し、ユーザーの求める機能を基盤として提供するビジネスモデルのことを指す。たとえば、通信サービスや携帯端末そのものを提供するようなケースが該当する。一方、媒介型ビジネスとは、サービスプロバイダー内やサービスプロバイダー間で相互作用をもたらす場を提供するビジネスモデルのことだ。これには、通信サービスを通じて自動車をIT化するケースなどが該当するという。
「従来ははっきり分かれていたこの2つのビジネスモデルが、今、融合されつつあります。基盤型ビジネスの強みを起点に、媒介型ビジネスモデルを企画立案していくことが求められているのです」(高野氏)
こうした新たなプラットフォームビジネスのモデルを検討するうえで、”鍵”を握るのが収益モデルの設計だ。プラットフォームビジネスには、さまざまな収益モデルが存在する。基本的なものとしては、収益としてマッチング手数料を得るタイプ、プラットフォーム参加料を得るタイプ、データ分析サービスの提供料を得るタイプがあるという。
マッチング手数料を得るタイプでは、コンテンツや広告、アフィリエイトなどが収益元となる。同様に、プラットフォーム参加料を得るタイプでは、初期登録料、システム利用料、年会費などが収益元となり、データ分析サービスの提供料を得るタイプでは、仲介情報やユーザー属性情報などが収益元となる。これらを踏まえ、いかに”儲ける仕組み”を作っていくかを考えなければならない。
「こうしたモデルでは、ユーザーのプライバシーへの配慮も欠かせません。データ利用の目的やユーザーのメリットを明示して、ユーザー自身に選択させることが大切です。また、個人情報保護の仕組みを明示して、ユーザーに安心感を与えることも有効でしょう」(高野氏)
また、氏はモバイルと位置情報を活用した最新の成功事例として国内外の取り組みを紹介。たとえば、米国のある大手小売業者では、顧客の好みと行動属性を分析し、位置情報と連動させて、ショッピングセンター内で買い物中の顧客に、近くの店舗の商品案内やクーポンをプッシュ通知する「1 to 1マーケティング」を展開している。位置情報をリアルタイムに取得して動線分析を行い、送客数や滞留時間、オファーのコンバージョン率などをモニタリングしているという。
「このケースでは、小売業者と通信事業者が連携して取り組みを進めています。収益モデルとしては、マッチング手数料、プラットフォーム参加料、データ分析サービス提供料がそれぞれ発生しています。こうしたやり方は、日本でも応用することができるでしょう。位置情報と自社の情報資産を組み合わせて活用するのが効果的です」(高野氏)
IoTビジネスのマネタイズにあたり、位置情報を活用したマーケティングは非常に有効な手段の1つだ。高野氏は「特に日本では、大きな枠組みを構想して小さく始める”Think Big, Small Start”の姿勢で、確実な成果を狙ってください」とアドバイスし、講演を締めくくった。