VR(Virtual Reality)のビジネス活用に向けて、基礎知識やコンテンツの作り方について解説している本連載。第1回は、VR HMD(Head Mounted Display)の基本的な仕組みと市場動向について説明しました。それに続く今回は、主要VR HMDの特徴や違いについて具体的に見ていきましょう。
主要VR HMDの特徴
前回も紹介しましたが、現在発売中、あるいは発売間近の主なVR HMDとしては、Oculusの「Oculus Rift」、HTC の「HTC Vive」、ソニーの「PlayStation VR」、そしてOculusとSamsungが共同開発した「Gear VR」の4つがあります。
また、他の4つに比べると簡易的なものにはなりますが、ハコスコらが提供する、段ボール製やプラスチック製のVR HMDも選択肢の1つになるでしょう。
これらデバイスの特徴について順に見ていきましょう。
Oculus Rift - VRブームの火付け役、コンテンツの充実に期待
最初に取り上げるのは、現在のVRブームの火付け役になった「Oculus Rift」です。
Oculus Rift(プレスキットから) |
Oculus Riftは、2012年にプロトタイプを発表し、Kickstarterで240万ドルの出資を集めました。その後、2013年に最初の開発キット「DK1」を、2014年に2世代目の開発キット「DK2」を発売。今年の3月末から製品版が出荷され始めました。
製品版の主要スペックは以下のとおりです。
- 販売価格 : 599米ドル(日本では税込・送料込で94,600円)
- 動作環境 : ハイスペック Windows PC
- NVIDIA GTX 970 / AMD R9 290 以上のビデオカード
- CPU : Intel i5-4590以上
- メモリ : 8GB以上
- HDMI 1.3ビデオ出力
- USB 3.0 を3個、USB2.0 を1個
- Windows 7 SP1 64bit 以上
※動作確認用プログラム(https://ocul.us/compat-tool)を配布
- 付属コントローラ : リモートコントローラ、Xbox One ワイヤレスコントローラ
- 位置トラッキング : 専用カメラ1台
製品を発売する遥か前に、ハードウェアを含む開発キットを販売し、VRの可能性を感じた世界中の開発者がコンテンツを作り始める、というかたちでエコシステムを広げていきました。開発キットの販売は3年間で2回に及んでいます。過去に例を見ないリリース形態と言えるでしょう。
その背景には、Facebook傘下に入り潤沢な資金が手に入ったという事情もありますが、話題になったタイミングを逃さず、アーリーアダプターに対して実物を届けるというこのスタイルは、今後のハードウェア開発にも影響を及ぼしそうです。
製品版のスペックは、Kickstarterの頃に設定されていたものよりも高く、その分価格も上がりましたが、後述するGear VRとの住み分けを考えると妥当ではないでしょうか。
残念なのは、両手に1つずつ持つタイプのコントローラ「Oculus Touch」が製品版に付属されなかったこと。Oculus Touch は、VR 専用に開発されただけあって、他のコントローラの追随を許さない操作性を実現しています。2016 年秋に発売される頃には対応コンテンツも揃い、Oculus本体の販売数にもブーストがかかりそうです。
Oculus Touch(プレスキットから) |
位置トラッキングは、専用カメラによって実現しています。具体的には、HMDやコントローラに埋め込まれた赤外線LEDの光をカメラが検知して位置を割り出す仕組みです。製品版に付属するカメラは1台ですが、歩き回るゲームなど、正確なトラッキングが必要になるコンテンツを意識して複数カメラのサポートも進めています。
Oculus Riftは現在、バックオーダ(入荷待ち)状態で、5月頭に注文しても実際に届くのは8月のようです。しかし、製品の質はとても高いので、上記のスペックを満たすPCが用意できるのであればおすすめです。
HTC Vive - 位置トラッキングの最有力
続いて紹介するのは、「HTC Vive」です。
スマートフォンのメーカーとして有名なHTCと、PC向けゲーム販売プラットフォームの「STEAM」を運営するValveがタッグを組んで開発し、2016年4月から出荷が始まりました。
HTC Vive(プレスキットから) |
スペックは以下のとおりです。
- 販売価格 : $979.00(+日本への送料 $90)
- 動作環境 : ハイスペック Windows PC
- NVIDIA GTX 970 / AMD R9 290 以上のビデオカード
- CPU : Intel i5-4590 相当以上
- メモリ : 4GB以上
- HDMI 1.4、DisplayPort 1.2以上
- USB 3.0 を3個、USB2.0 を1個
- Windows 7 SP1 以上
※ 動作確認用プログラム(http://store.steampowered.com/app/323910)を配布しています。
- 付属コントローラ : VRコントローラ2個
- 位置トラッキング : ベースステーション2個
- プレイエリア : 「ルームスケール」と呼ばれる歩き回れるコンテンツ用の設定では、「2m × 1.5m」以上のエリアが要求されています。座り姿勢/立ち姿勢用の設置では上記エリアは必要ありません(参考 : Vive | Support How To)
Vive最大の特徴は、Lighthouseと呼ばれる位置トラッキングシステムです。付属されている2個のベースステーションを部屋に配置すると、そこが対角線となるようにVR体験空間が設定されます。最小で1.5m ×2m、最大で5m × 5m、この広さを確保できればルームスケール対応のコンテンツをプレイできるようになります。
位置トラッキングの仕組みはOculusとは逆で、ベースステーションが発するレーザーをHMD側のセンサーで検知する方式です。
PlayStation VR - 10万円で揃う本格VR環境
家庭用ゲーム機として最初にVRに参入してきたのは「PlayStation VR」です。国内では2016年10月に発売予定。PlayStation 4に接続してプレイします。
PlayStation VRのWebサイト |
- 販売価格 : 44,980円(税抜)
- 動作環境 : PlayStation 4、PlayStation Camera
- 付属コントローラ : 無し(別売りでPlayStation Move)
- 位置トラッキング : PlayStation Camera
PlayStation VRの特徴は、家庭用ゲーム機でプレイできるということ。そして、価格です。
Oculus RiftやHTC Viveの場合、多くの人はハイスペックPCの購入から検討しなければなりませんので、すべてを揃えようとすると相当な額に上ります。対して、PlayStation VRは、PlayStation 4を合わせても10万円程度。フルスペックのVRコンテンツを楽しめる環境がこの価格で揃えられるのは非常に魅力的ですし、購入・配送も国内で済ませられるのは圧倒的なメリットです。
Gear VR - 手軽に楽しめるVR
Samsungのスマホを差し込んで使うタイプのVR HMDが「Gear VR」 です。
Gear VR(プレスキットから) |
- 販売価格 : 15,000円弱
- 動作環境 : Samsung Galaxy S6または、S6 edge等。間もなく発売されるGalaxy S7にも対応
- 付属コントローラ : 無し
- 位置トラッキング : 無し
Galaxy S6は発売当初、8万円くらいで販売されていましたが、現在は5万円弱。総額6万円程度で揃えられることになります。また、先日、一部のキャリアがGalaxy S7の販売キャンペーンの一環で、Gear VRを予約特典として提供することも発表しています。
据置き型のVR HMDに比べると位置トラッキング機能が無かったり、VRとしての映像の質が劣ったりするのは仕方のないところでしょう。しかし、PCが不要であるためケーブルがないというのは大きな利点です。手軽に体験してもらうには最適なデバイスと言えます。
今後、スマートフォンのスペックやソフトウェアの技術が向上すれば、現在の問題も解決されていくでしょう。個人的には一番期待しているタイプのデバイスです。
ハコスコ、Google Cardboardほか - 数千円で販売、冊子に付属することも
最もコストを抑えたものは、スマートフォンを差し込んで使う段ボール製、プラスチック製のVR HMDになります。ハコスコ製品や「Google Cardboard」といったものが有名です。
ハコスコのWebサイト |
- 販売価格 : ハコスコ タタミ2眼 1,200円、ハコスコ デラックス 3,000円、Google Cardboard 1,500円
- 動作環境 : 対応スマートフォン
- 付属コントローラ : ハコスコは無し、Google Cardboardには磁石を利用したコントローラがあります
- 位置トラッキング : 無し
安価なので、例えば不特定多数のユーザーにVR体験を提供するケースには向いています。ただし、イベントなどで使う場合は、段ボール製では強度に不安があるのでプラスチック製が良いかもしれません。
段ボール製は、ハコスコの他にもいろいろと提供されています。過去には、付録として提供する雑誌もありました。読者は専用ソフトウェアをダウンロードしたスマートフォンをセットすることで、VR空間で商品を体験することができます。
「SUUMO新築マンション(首都圏版)」2015年9月1日号にも段ボール製のVR HMDが付属していた |
主要VR HMDの分類
ここまで、現在発表されている主なVR HMDを簡単に紹介いたしましたが、導入を検討するのであれば、単純にスペックを比較するだけでなく、それぞれの特徴を踏まえて利用シーンに適したものを選ぶことが重要です。
今回紹介したデバイスを大きく分類すると以下のようになります。
もしビジネスで利用するのであれば、まずは、設置型でVR空間をしっかり体験させたいのか、それとも気軽に360度コンテンツを楽しんでもらうのか、を決める必要があるでしょう。方向性が決まれば、自ずと使用するデバイスも決まってきます。
なお、注意点としては、二眼タイプ(左右で異なる映像を表示するタイプ)のVR HMDは、視覚の発達に悪影響を及ぼすという論文もあり、一部メーカーは12、13歳以上に利用を制限するガイドラインを出しています。サービスの対象に子供も含まれるような場合は、事前に調べておきましょう。
今後、続々と新しいVR HMDが登場してくるのは間違いありません。例えば、5月12日現在、Googleがスタンドアロン型のAR HMDを近々発表するのではないかという憶測が流れています。また、Microsoftも「Microsoft HoloLens」と呼ばれるAR HMDをすでに発表しています。将来の導入を検討するのであれば、新製品の情報にもアンテナを張っておく必要があるでしょう。
事例紹介
今回紹介するのは、お台場の商業施設「ダイバーシティ東京 プラザ」内にある「VR Zone - Project i Can」です。
VR ZoneのWebサイト |
VR Zone - Project i Can は、2016年4月15日から10月中旬までの期間限定オープン。利用には事前のWeb予約が必要です(13歳以上の年齢制限があります)。
現在6つのコンテンツがあります。それぞれの体験時間と料金は以下のとおりです。
- スキーロデオ(6分) : 700円
- リアルドライブ(14分) : 700円
- 高所恐怖SHOW(7分) : 1,000円
- 脱出病棟Ω(12分) : 800円
- トレインマイスター(9分) : 700円
- アーガイルシフト(7分) : 700円
ダイバーシティ東京 プラザは、アミューズメント施設の運営に長けたバンダイナムコエンターテインメントが手掛けていますので、そのクォリティには注目です。
半年間限定ではあるものの、ここまでのコンテンツがまとまって体験できるのは珍しいと言えます。今後のVRコンテンツ作りにおける基準となるかもしれません。
著者紹介
山田宏道 (YAMADA Hiromichi) - 株式会社トルクス 代表取締役
千葉大学工学部卒業。ゲームプログラマーを経て、2005年よりフリーランス。2012年 株式会社トルクスを設立し、コンシューマー向け、ビジネス向けを問わず、さまざまなアプリを受託開発している。
現在、VR関連技術に注力中。2016年4月より島根県奥出雲町に在住。