前回まで、従業員向け(BtoE)や企業向け(BtoB)のスマートデバイス活用について解説してきました。それらを踏まえ、今回はコンシューマー向け(BtoC)のエンタープライズモバイルについて説明したいと思います。
コンシューマー向けのエンタープライズモバイルは、以下の3パターンに分類できます。
1. ECサイトなど、Webサービスの新たなチャネルとしてアプリを提供する
2. クーポンやポイント発行によって来店を促す。また、入場券の代わりにする
3. 有益な情報を配信する
以降では、それぞれについて具体的に見ていきましょう。
1. ECサイトなど、Webサービスの新たなチャネルとしてアプリを提供する
最もわかりやすい例は、ECサイトなどのWebサービスを提供している企業がアプリも提供するケースでしょう。例えば、ECサイトアプリ、航空会社のチケット購入アプリなどが該当します。
企業側のメリットは、ホーム画面に自社サービスのアイコンが置かれたり、プッシュ通知で情報を届けられたりすることで、売上の向上が期待できることです。コンシューマーからすると、ワンタッチ(ワンタップ)で買い物などができるようになるため、非常に利便性が上がります。
日本の代表的なWebサービス企業は大抵アプリも提供していますし、モバイルからの決済が非常に伸びていることを考えると、このパターンは必然性が高いため、あらためて活用方法を解説するまでもないでしょう。
2. クーポンやポイント発行によって来店を促す。また、入場券の代わりにする
このパターンのわかりやすい例は、店頭でクーポンを表示した画面を見せると割引になったり、購入時にレジでスマホのQRコードを通すとポイントが加算されたりするアプリです。企業側は、割引やポイント加算といったサービスを提供するアプリをダウンロードしてもらい、プッシュ通知などを利用した広告配信によって再来店を促すことがねらいになります。
また、QRコードの表示機能を使って、入場券の代わりにする方法も多く実践されています。この場合も、アプリを通じて広告などを配信することで、再来場を促すのがねらいです。基本的な考え方としては、クーポン券やポイントカード、入場券といった紙の媒体をアプリ化しようという発想になります。企業から見ると、アプリ経由で顧客情報を取得したり、柔軟に情報を配信したりできるため、より魅力的なサービスを訴求して顧客を囲い込む機会が得られます。コンシューマーからすると、紙のカードやチケットを何枚も持たずに済み、「たまたま家に忘れてしまった」ということもなくなります。これまで紙のクーポン券やポイントカードなどを提供してきた企業にとっては、比較的取り組みやすい施策でしょう。
一方、これからこうしたサービスを始めようという企業は、ネットの世界だけではサービスが完結しないことに注意が必要です。店舗に新しい設備が必要になる場合もありますし、店員のオペレーションが変化するので、教育が必要になります。忙しい店舗では、混乱するかもしれません。既存の顧客管理システムに改修が必要になる可能性もあります。
したがって、この取り組みを行うには、以下のポイントを検討することが必要です。
- コンシューマーから見て、魅力のあるサービスになっているか?
- 店舗を含めたオペレーションはどうなるか?
- 既存の社内システムと連携する必要があるか?
トップダウンでの決断と、現場の協力/教育がなければ成り立たない施策です。
3. 有益な情報を配信する
このパターンは、配信する情報自体の魅力によってアプリをダウンロードしてもらい、企業自体のことや商品、サービスを知ってもらうというものです。
企業が自社の新商品に合わせてアプリを作成し、新商品キャンペーンなどを行う際にアプリも告知して、ダウンロードしてもらうイメージになります。継続的にコンテンツを入れ替えることで自社とのつながりを持ち続けてもらい、顧客の囲い込みを狙います。もしくは、購入してもらった商品をアプリのコンテンツでサポートすることで、商品自体の付加価値を高め、再購入を促すといった効果も期待できるでしょう。
このパターンは、コンテンツ自体がコンシューマーにとって魅力的でないと成り立ちません。また、継続的に新しいコンテンツを配信し続けないと、まったく使われなくなったり、削除されたりしてしまいます。一方で、訴求したいモノに対して付加価値が上がるようなものでなければなりません。例えばアパレルメーカーならば、ファッションに関する読み物のコンテンツやインタビュー記事を配信し、そのコンテンツのストーリー性から商品の付加価値を高めるといった具合です。
コンシューマーを飽きさせないための仕組みの1つとして、ゲーミフィケーションと呼ばれる手法があります。使用頻度を上げてもらったり、使い続けてもらったりするために、ゲームのような要素を加えるというものです。しかし、過去のさまざまな取り組みを見るかぎり、有効な策として成功している例はあまり見かけないようです。やはり、コンテンツ自体に魅力があって、そのコンテンツを見ること・読むことが目的にならないと使ってもらえないのでしょう。
この3番目のパターンの派生系としては、薬や健康食品、化粧品の継続利用を促すようなサポート情報をコンテンツの1つとするようなアプリも多く存在しています。自社商品やサービスを活用してもらうためのサポートツールという位置付けです。
オムニチャネルとしての取り組みへ
最近の企業の取り組みとしては、上述した3つのパターンを組み合わせたサービスを考える方向になりつつあります。アプリ経由で買い物ができ、店頭に行けばクーポンとしても使え、家にいるときはコンテンツが配信されて役に立つ情報を得られる、いわゆる「オムニチャネル戦略」と言われているような施策を検討している企業は多いようです。
企業の視点から考えると、この非常に魅力的な新しいチャネルをビジネスに生かしたいと考えるのは当然の流れでしょう。しかし、本当に活用するには、アプリの企画から既存サービスとの共存、既存業務の変革、既存の顧客管理システムとの連動、そしてアプリの存在を知ってもらうためのマーケティング的な取り組みなど、検討事項が多いことも確かです。マーケティング部門やシステム部門など、単一の部門で解決するのは難しいため、組織を横断した体制が必要になります。
また、いきなり100点を目指すのではなく、機能を絞ってスピーディーに展開し、少しずつ改善していくというのも、リスクを最小化する方法の1つです。それには、KPIを設定して、PDCAを回すことが大切です。
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BtoEやBtoB向けと比べると、BtoCにおけるエンタープライズモバイル活用を考える際には、開発時以外にも、アプリの存在を知ってもらうための施策やダウンロードしてもらうための施策など考慮しなければいけない事柄がたくさんあります。次回は、そういったコンシューマー向けアプリ特有の考慮点について説明する予定です。
早津 俊秀
企業のUX・モバイル活用の専門企業であるNCデザイン&コンサルティング株式会社を2011年に起業。 ITアーキテクチャの専門家とビジネススクールや国立大学法人等、非IT分野の講師経験をミックスして、ビジネス戦略からITによる実現までをトータルに支援できることを強みとする。