見積りを「当てていくため」の方法として、見積り直しに加えて、スコープの管理が挙げられます。多くのプロジェクトは工程が進むにつれてスコープが変動していきます。このスコープの変動に応じて、必要となる費用や開発期間も変動します。
費用や開発期間に制限があれば、範囲内に収まるようにスコープそのものを管理すればよいのです。その際は発注側と受託側でスコープに対する共通認識を持ち、スコープの変動が与える影響を共有する必要があります。
発注側のスコープの変動に合わせて受託側が費用や期間に与えるインパクトを説明し、お互いの合意の元でスコープ管理していくのです。そのためには2つ必要なことがあります。1つはスコープの変動を定量的に把握できるようにしておくこと。もう1つはスコープの変動が与える影響範囲がわかるようにしておくことです。
スコープは、大きく機能要件(入力機能、出力機能、外部接続機能など)と非機能要件(信頼性、性能、セキュリティ、操作性など)に分類できます。このうち、機能要件はファンクションポイント法(FP法)を用いることによりFP数で定量的に把握することが可能です。
FP法は機能要件そのものを定量化するので、プログラムの行数であるSLOC(Source Lines Of Codes)よりも発注側と受託側の双方が理解しやすい尺度です。「当初の見積り時点では200FPであった機能要件が、現時点では250FPに増大してしまったのでスコープを削る」「どうしても必要な機能であれば追加の投資が必要」といった判断が可能となります。
スコープの変動が費用や期間に与える影響を明確にするには、発注側と受託側が同意するスコープレベルの変動が、その下流にある物理的な画面や帳票、処理にどのように影響するのかを把握できるようにしておく必要があります。それによってスコープの変動が費用や期間に与えるインパクトを見積もることが可能になります。つまり、要件のトレーサビリティが担保されていなければいけないということです(図1)。
上流の設計書と下流の設計書のリンクが取れない状態ですと、スコープの変動による影響範囲が把握できないのでご注意ください。
スコープ管理の事例
予算や期間に合わせてスコープを管理していくという商取引を行っている事例が海外にあります。オーストラリアのヴィクトリア州における情報システムの調達において開発された"southern SCOPE"という手法です(※1)。
ヴィクトリア州は情報システムの予算超過や納期の遅延に困っていたそうですが、"southern SCOPE"を導入してベンダーとの契約を行うようになってからは、予算超過プロジェクトが激減したとのことです。"southern SCOPE"を導入したプロジェクトのうち、予算超過したものは10%以下であるのに対し、導入していないプロジェクトでは84%ものプロジェクトが予算を超過したとの報告もあります。
この手法ではスコープマネージャーという役割を、発注側、受託側とは独立して設けています。スコープマネージャーはソフトウェアメトリクスの専門家であり、最初に発注側の要求概要から大枠の費用や開発期間を見積もります。発注側はその見積りを参考にして提案依頼書を作成し、ベンダーからの提案を受けます。発注側は提案内容や力量からベンダーを選定し、費用を決めます。
その際は非機能要件の難しさに応じたFP当たりの単金を使用します。その後プロジェクトの進行と共にスコープマネージャーはFPの変動を監視し、発注側とベンダーにその影響度合いを説明します。顧客は予算と開発期間を遵守するためにスコープの調整を行います。
このように予算や納期に合わせてスコープをマネージメントしていくことにより、お互いに納得してプロジェクトを遂行していけるようになりました。また、独立した第三者により実施されることによってスコープ管理の透明感が増し、健全な関係になったとのことです。
この手法はフィンランドのFISMAにおいて"northern SCOPE"としてさらに発展し、活用されています(※2)。日本でも"eastern SCOPE"を作り、発注側と受託側の関係を改善すべき時が来ていると思います。
※1 http://www.egov.vic.gov.au/pdfs/southerSCOPE_001221.pdf ※2 http://www.fisma.fi/wp-content/uploads/2007/03/northernscope-brochure-v14-color.pdf
執筆者プロフィール
藤貫美佐 (Misa Fujinuki)
株式会社NTTデータ SIコンピテンシー本部 SEPG 設計積算推進担当 課長。IFPUG Certified Function Point Specialist。日本ファンクションポイントユーザー会の事務局長を務める。
『出典:システム開発ジャーナル Vol.4(2008年5月発刊)』
本稿は原稿執筆時点での内容に基づいているため、現在の状況とは異なる場合があります。ご了承ください。