前回、IT業界ではコミュニケーションの重要性があまり意識されていないと述べましたが、マネジメントという観点から見た場合、当然、コミュニケーション能力は必要不可欠です。今回は、エンジニアとしてのスキルアップとコミュニケーションの関わりについてお話します。

ヒューマンスキルはIT業界での強みに

興味深いことに、上位工程を担当しているPL(プロジェクト・リーダー)やPM(プロジェクト・マネージャー)、あるいはマネジメント層になると、コミュニケーション力は重要だと認識しているし、かつそのスキルを有しています。逆に下位工程を担当しているエンジニアは、「必要なのは技術力であり、コミュニケーション力ではない」という考えを本音の部分で持つ人が多く、そのスキルも十分ではないように感じます。

つまり、自分が担当する案件あるいはパートに固執し、その完成度のみが評価に直結すると考えているうちは下位工程に甘んじる危険が高い、ということです

実際、望ましいことではないにせよ、予期せぬ事態、あるいは要件定義の甘さなどから納期に遅れが生じることは少なくありません。このような時にコミュニケーション力はどのように機能するのでしょうか?

日頃からクライアントと密な関係を築いている人は、本社とクライアントを緊密につなぎ、非公式のルートで情報収集し、落としどころを事前につかんでおき、納期が延びた時の対処を事前に考え、関係者にどのような立ち回りをしたら事態を収拾できるかといった調整をする……つまり、根回しをするでしょう。

一方、自分の仕事しか見ていない人は、自分の持ち分が終わったら後は知らない、というような態度になりがちです。また、自分の担当した部分が遅れると「○○の設定が不十分だったためにこういうことになった」など、他人に責任転嫁する傾向があります。どちらのタイプが会社やクライアントにとって望ましいかは明白です。

また、会社のトップマネジメントは、上に上がれば上がるほど、社内の部門長から報告を受け、それに対して指示を出す直接的なコミュニケーションの時間が増えるようになります。クライアントをはじめとする関係各社に対するプレゼンや調整といった人間的な接触時間は、偉くなればなるほど、仕事に占める割合が増えていくわけです。社長にいたっては、一日の多くの部分をコミュニケーションに費やすことになるでしょう。「うちの社長はゴルフばっかり……」という社員のグチをよく耳にしますが、別に遊んでいるわけではなく、仕事を作り出しているわけです。

で、何を言いたいのかというと、高いコミュニケーション力を有しているということは、IT業界においてはとりわけ有利に働くはず、ということです。まずは円滑に必要な情報が入手できる関係性を作ることができる、というコミュニケーションスキルの基礎があって初めて、上司はその人に仕事を任せるという選択ができます。決して、「昇進させてくれれば、そういう機会も増えて人と交わらなければいけなくなる。そうすれば自分もうまくやれるはず」という順序ではないのです。

まずは同僚とうまくコミュニケーションできているのかというベースの部分がポイントで、次に人を束ねられるか、といったマネジメント力が求められます。

自分の未来を決断する

こうして見ると、自分のスキルアップのプランに、コミュニケーションの問題を軸に置く重要性が見えてきます。

単純に人付き合いが好きとか嫌いとかということではなく、さらに詳細に仕分けして考えると能力向上のヒントが見つかります。

それにはまず、自分の将来のキャリアプランの決断をしなければなりません。大別すれば、「優れた専門家」になりたいのか、あるいは「優れたリーダー」になりたいのか、ということになるでしょう。

もし、会社の中での昇進や将来の独立といった志向が低いのであれば、変遷の激しいIT業界で今後どんな技術ニーズが高まるのか、あるいは社内で必要とされるのかといった感覚や、必要な情報を入手できるような人間関係の構築が必須です。となると、現場で円滑に仕事を進めるための横方向の水平的コミュニケーション能力を重視すべきということになるでしょう。

一方で「優れたリーダー」を目指すのであれば、人間関係のマネジメントの方向性が強く求められます。水平的なコミュニケーションはもとより、上下関係という垂直的コミュニケーション能力も同時に必要とされ、それはまた社外に対しても複合的に発揮されなければなりません。

何人規模のプロジェクトをまとめられる人材になりたいのか。ずっと現場で活躍し続けたいのか、それとも将来は上の位でスタッフを束ねて活躍したいのか。つまり、エンジニアリングサイドとビジネスサイドのどちらを志向するのかといった決断が必要になるのです。場合によっては、IT業界以外への転職の可能性を考えるといったこともあるでしょう。

どう転んでも必要な「人間力」

さて、あなたは何を目指すでしょう。エンジニア出身の社長を目指しますか? 何人の部下を引っ張りたいですか?転職は考えていますか? いずれ、業界以外の会社に転職する可能性は? 5年後、10年後にどうしていたいですか? 同じ会社の人間でなくとも、IT関連の会社にお勤めの友人がいたら一度将来に関する話をしてみてはいかがでしょう。 例えば、転職を明確に視野に入れていることを明言する人がいれば、「なぜ転職を考えるようになったのか」「自分はどういうスキルがコアになると考えているのか」など、一歩掘り下げて聞いてみるといいでしょう。

多くの人に同じ将来に関するテーマで投げかけてみると、きっと答えのバリエーションの多さに驚くかもしれません。さらに、IT業界以外の人にも聞いてみると、まったく異なる視点や斬新な発想が得られるかもしれません。そうすると、一般的な転職パターンの枠組みでは見つからない働き方を発見できるかもしれません。逆に、今までは悩みの種だったことが、自身の将来のキャリアアップに大きな推進力となるかもしれません。

周りの人に「自分はどういう魅力があると思うか?」と改めて聞いてみることで、自分のキャリア形成を冷静に考えられるかもしれません。そして、自分の将来像が見えてきた時、逆に何をしなければならないかも浮かび上がってくるはずです。

たとえ今すぐ実現されなくても、これはあなたに情報が集まり、協力者が現れ、新しい展開を呼び込み、充実したビジネスライフを送ることにつながる人生の重要なステップです。  

今回はまずコミュニケーション力に対する考え方についてお話をさせていただきました。コミュニケーションは仕事の要で、人との交流はそれ自体が仕事なのだ、という意識を持つことができれば、自らの行動に大きな変化を起こせるはずです。 最近はメールなどによるコミュニケーションも含め、そのスタイルは多様化しています。ぜひ、今回の記事をきっかけに、あなたならではのコミュニケーションの仕方を追求してみてください。必ずや仕事にプラスの変化が訪れるはずです。「なぜ、コミュニケーションスキルが必要なのか」を一度ゆっくりと考えてみてはいかがでしょうか? 社内でステップアップするにせよ、転職するにせよ、何かを変えるために必要なのは、他人が認めるあなたの「人間力」なのです。

執筆者プロフィール

佐藤高史 (Takashi Sato)
株式会社コラージュ代表取締役。ビジネスコンサルタントとして人事教育・研修プログラムを数多く開発。著書「最強のプレゼンテーション完全マニュアル」(あさ出版)。

『出典:システム開発ジャーナル Vol.1(2007年11月発刊)
本稿は原稿執筆時点での内容に基づいているため、現在の状況とは異なる場合があります。ご了承ください。