皆さんこんにちは。本連載では、日頃現場で遭遇する様々な人間関係にまつわる悩みを解決するためのヒントを提供します。連載のタイトルは「リーダー」となっていますが、名刺や肩書きにそのような名称がない人でも、周囲に同僚やプロジェクトメンバー、あるいは取引先の担当者といった「人との接点」があれば必ず役に立ちます。第1回目は、IT業界におけるコミュニケーションの問題について考えてみましょう。

悩めるリーダーたち……

プロジェクトの成功のためにはリーダーシップ、コミュニケーション、スケジューリング、意思決定やトラブル対策など、様々な総合力が必要となります。開発スタッフも外注先も、そしてお客様も人間です。「人」を無視したプロジェクトの成功はありえません。しかし……筆者は研修の講師としてシステム開発に携わる多くの方々と接していますが、いったん職場から外に出た彼らの口からは、一歩間違えば……といった悲壮な声が届いています。

営業同行が精神的負担に

営業職など、元々考えられるような性格ではなかったのですが、最近、営業さんと同行して技術的な説明を行う場面が増えてきました。流ちょうに笑顔で話す営業の横で、うまく話ができない自分自身が本当に辛いです。本当に社会人として情けないと感じています。あと、営業さんが簡単に説明する仕様説明なども、立場の違いから納得がいかないことも結構多いんですよね。自分の思いを押し殺すというのも、それがまた精神的な負担になっているような気もします。といっても、結局自分ではうまく言えない……とにかく、非常に自己嫌悪を感じています。

部下の顔を見ると憂鬱になります……

7人ほどのチームで動いていて、自分が一応そのリーダーです。でも、リーダーとは名ばかりで、別に給料や待遇に差があるわけではありません。持ち回りみたいな感じですね。今回はチームに1人、私より10歳ほど年上の人がいるんです。この人がとても偏屈で、いくら丁寧に説明しても言うことを全然聞いてくれなくてストレスになっています。間違いやミスも多く、それを指摘するといつも逆ギレと言い訳ばかり。結局尻ぬぐいで自分が作業をすることもあります。人員の交代を願い出ることができなくもないんですけど、総合的なリーダーとしての力を会社に見られているような気もして、もう少し頑張ってみようかと悩んでいるところです。とにかく、彼の顔を見ると、憂鬱になるんです、最近……。

上司と話ができなくなりました

ある日上司に、「これはおかしい」というようなことを直言したんです。3人しかいない部署なんですけど、その後急に私に厳しくなり、多くの仕事を押し付けられるようになりました。もう1人の同僚は上司の肩を持つのでやりにくくて仕方がありません。会社ではほとんどしゃべらなくなりました。毎日辛くて、実は病院に行くまでになってしまったんです。今まで人には結構何でも言えるタイプだったんですけど、陰湿なイジメのような対応にどうしていいかわからなくて。言うべきではなかったのか……と後悔もしています。

悩みも喜びも、元は「人」にあり

システム開発に携わる方々は、職業柄一日中コンピュータに向かって仕事をすることが多いわけですが、重要な局面では、当然ながら人との関わりが出てきます。営業セクションとの打ち合わせや営業同行、要件定義の打ち合わせ、部下や外注先への仕様変更連絡、クレームへの対処など、胃が痛くなる多くのシーンには必ず“人との関わり”があるはずです。

IT業界には、人間関係から心の病になってしまい、業務に支障を来している人、そして、そのような人材を数多く抱える企業が数多く存在します。筆者の周囲にも、「今の職場では休職している人間が多いんですよ。自分は大丈夫……と思っているんですが、プロジェクトが忙しくなると精神のバランスを崩す人の気持ちも理解できないわけではありません」と、不安な声を漏らす某SI企業のエンジニアがいました。

その一方で、難題を解決した後や製品を納入した後に「助かりました」「ありがとう」といった感謝やねぎらいの言葉をもらった時に、仕事に対する最大の充足感を感じることがあると思います。ここにも常に“人との関わり”があるはずです。

で、IT業界は特殊なのか?

開発はスケジュールに追われる仕事ゆえ、皆無言で黙々と作業をこなしている……という職場も多く、同僚とのコミュニケーションも不足しがちです。同時にいくつものプロジェクトを進めている現場では、飲み会すらできないということもあるでしょう。また、フレックスタイム制を導入している職場では出勤時間がバラバラなので、朝の挨拶なんてしないのが当たり前……ということもあると思います。

客先に常駐している人は、自身が所属する会社の同僚や上司とも直接会う機会が少なく、かといって客先の会社の社員とも立場が微妙に異なるために深い人間関係を築けず、自分1人が取り残されたような感覚を持って精神が不安定になるというケースも少なくないようです。このようなIT業界に多い就業形態もコミュニケーションの根本的な問題に影響することがあります。

よく「この業界は特殊だから……」という話も聞きますが、これは正しくありません。 例えば、デザイン事務所や設計事務所。皆がヘッドフォンをしたまま、挨拶もほとんどなく黙々と仕事をするという現場もありますし、出勤時間がまちまちで、現場の人間が納期や締め切りに追われる案件で忙しいというのは、出版や映像関連の現場にも多く見られます。

自分が所属する会社と実際に勤務する場所が異なるということも、近年増えた派遣社員という就労形態を考えれば何も珍しいことではありません。彼らの多くは、現場と所属する会社の間で少なからず悩み、それに加えて不安定な立場の恐れも感じています。ただ、職場で不足するコミュニケーションを常に何とかしようと試行錯誤しているようには見えます。

「人」への意識が希薄なIT業界

コンサルタントとして筆者が多くのIT業界の方々とお話させていただくようになってまず気付いたことは、他業種の人々に比べ、コミュニケーションの重要性を意識していない、あるいは少なくとも筆者からはそのように見受けられる、という点でした。これは非常に大きな問題です。

実はデザインや設計業界の人々は、人間関係を構築するための時間や労力を自主的に割いています。クリエイティブ関連の仕事をしている人は、退社後に積極的に飲んでいる人が多いのですが(個人差はあれど)、単に気晴らしに飲んでいるのではなく、社内外の人脈を徹底的に活用し、仕事につなげようという考えを持っている人が多いのは事実です。また、何気ない会話の中から、今後の世の中の動向を分析し、どういったコンテンツが求められるようになっていくのかという点に対する情報収集の場としても活用しています。

派遣社員は他の派遣社員と交流し、派遣元の待遇や仕事の進め方などについて積極的な意見交換をし、場合によっては移籍の参考にする人も多いそうです。生きた情報ソースは生身の「人」が持っています。これらのコンタクトラインを充実させていくことは、自らの仕事の将来に直結するということを彼らは経験的に知っているのです。

執筆者プロフィール

佐藤高史 (Takashi Sato)
株式会社コラージュ代表取締役。ビジネスコンサルタントとして人事教育・研修プログラムを数多く開発。著書「最強のプレゼンテーション完全マニュアル」(あさ出版)。

『出典:システム開発ジャーナル Vol.1(2007年11月発刊)
本稿は原稿執筆時点での内容に基づいているため、現在の状況とは異なる場合があります。ご了承ください。