米国で今年に入ってAmazonの配送センターやAppleの直営小売店での労働組合結成の動きが連日報じられている。昨年もActivision Blizzardでセクハラ・虐待問題が表面化して労組結成の動きが活発化し、一部の加入が認められた。またGoogleでも、セクハラ隠蔽疑惑やAIの軍事利用をきっかけとした従業員の抗議活動から昨年1月に同社初の労組が結成された。ここ数年、テクノロジー産業で労組を巡るニュースが絶えることがない。

半導体・コンピュータ産業は比較的新しい産業とはいえ、すでに長い歴史を積み重ねてきており、シリコンバレーにはかつてたくさんの製造工場が存在した。それなのにこれまで大規模な労組が存在しなかったことを不思議に思う人がいるかと思う。

Robert Noyce氏(出典:Intel

Robert Noyce氏(出典:Intel)

「なぜか?」と問われたら、「それがシリコンバレーだったから」と答えるしかない。シリコンバレーにおいて、労組はその価値観と真っ向から対立するものだった。「シリコンバレーの市長(Mayor of Silicon Valley)」というニックネームで知られるIntel創業者の1人Robert Noyce氏は、1960年代に「(シリコンバレーの)ほとんどの会社にとって、生き残るためには非組合員であることが不可欠なことです。もし組合に加盟している会社のような就業規則に縛られたら、我々はみな潰れてしまうでしょう」と述べた。従来の労働モデルは自動車を作ったり鉱石を採掘したりするのには役立つ。だが、動きが速く、常に変化するテクノロジー創造の世界には適していない。従来の労働モデルから脱却することでIntel、そしてシリコンバレーの価値を引き出せると同氏は考えた。

それは「何かを生み出す」「創造する」というモチベーションを与えて、従業員に過酷な労働を強いるということではない。市場以上の賃金を与え、手厚い医療保障を提供し、ストックオプションを与えることによって実現してきた。ドットコム・バブルが弾けた後、Googleが急成長する過程で、同社は質の高い料理が無料食べ放題の社員食堂、ジムや娯楽が完備されたキャンパスで、若い社員たちに「オフィスに住める!」と言わしめた。

そうした労働を幸せにする環境や待遇、特典が、たとえシリコンバレーでマイクロチップを作ることが、General Motorsでエンジンを組み上げたりプレス加工するのと労働的にそれほど変わらないとしても、シリコンバレーで働くことが他の産業で働くことと違うという印象を与えた。1983年のクリスマスにAPが「Labor unions are absent in Silicon Valley(シリコンバレーに労働組合は存在しない)」という記事を新聞社に配信した。その中で、ActivisionのMike Ayers氏は「(シリコン)バレーは活気に溢れ、動きが速くそしてダイナミックだ。どのようなレベルであっても、ここで働く人にはより大きな成功をつかむチャンスがある……組み立て作業員であっても他の仕事に就くために自分を成長させることができる」と述べている。

労働者と経営者が対立する東海岸のモデルとは異なり、初期のシリコンバレーはコミュニティ色が強かった。その頃にはシリコンバレーには製造工場があり、オフィスビルしかない今と違って、ホワイトカラーとブルーカラーの労働者が混在していた。しかし、パターナリズムともいえる独特なコミュニティにおいて、ブルーカラーの労働者にも成功の道すじがあり、他の地域のような労働者クラスや経営者との対立が起こりにくかった。

  • 過去に技術系労働者の労組結成の試みが全くなかったわけではなく、1980年代~90年代にも賃金カットや人員削減に抗議する活動が起こったが、いずれも組合組織には到達しなかった。

今日のテクノロジー大手にそうしたユートピア的な思想はない。競争があふれ、巨大な組織の中には高額な報酬を得る成功者がいる一方で、プログラマーという職種の中でブルーカラーに相当するような立場の人が存在する。また、物流や小売り業務に携わる従業員はバケーションシーズンやホリデーシーズンなどに長時間労働を強いられ、コロナ禍では感染のリスクに直面した。動画や書き込みの内容をチェックする人達は1日を単純な作業に費やし、問題のあるコンテンツに触れる精神的なリスクを負う。労働環境に不満の声をあげる人達が増え、経営者との対立が強まる一方で、シリコンバレーがシリコンバレーであるために労組を受け入れない慣習が根づいており、その歪みが起きている。

2013年にサンフランシスコ地域の鉄道システムBARTの運行が停止する労働者ストライキに入り、サンフランシスコのテクノロジー企業に勤める人達の通勤が混乱に陥ったことがある。BARTの組合員の平均年収は約62000ドル。カリフォルニア州の平均年収を上回っていたものの、シリコンバレーでは大手ハイテク企業に勤める新卒ソフトエンジニアに及ばない。シリコンバレーの交通を支える人達が、何もかもが高いシリコンバレーで平均的な暮らしを求める賃上げ闘争である。その時に、Pando Dailyというローカルブログを主催するSarah Lacy氏がラジオ番組で、労働者の言い分に理解を示しながらも、「懸命に働き、何かを作り、何かを生み出す」というテクノロジー業界の行動原理は「組合とは正反対だ」と述べた。さらに、UserVoiceの創業者Richard White氏が「このようなことが二度と起こらないように、(BARTの運転手の)仕事を自動化する方法を考えよう」と発言した。

2人の発言はすぐに炎上したが、それはBARTのストライキが全米規模で報じられていたためだ。シリコンバレーのテクノロジー産業という枠の中では「それがシリコンバレー」で通用し得るから、そうした発言が出てきたのだ。

Noyce氏の考えはシリコンバレーの精神として今も残っている。だが、初期のシリコンバレー企業の創業者たちは、規制や税金、あらゆる分野での政府の介入に対抗していたわけではない。彼らは、単に自社での組合結成を避けたかっただけなのだ。

今日の巨大なGAFAMに、Noyce氏が述べた「非組合員であることが生き残るために不可欠なこと」は当てはまらない。かつてのシリコンバレー企業のように従業員を甘やかすことなく、巨大な組織やビジネスをスムースに動かすために労働力を利用する。労働者はそれに対抗していく必要があるのだが、しかし長く労組を必要としなかったシリコンバレーの労働者は経営者たちと交渉する術を持たない。社会的に進歩的で、民主党支持者が圧倒的に多い地域であるにも関わらず、シリコンバレーはおそらく米国で最も組織化されていない地域なのだ。