950ドル(約10万円)未満の万引きや窃盗を重罪に問わないというカリフォルニア州の州法によって万引きが横行し、耐えられなくなったドラッグストアやディスカウントストア、スーパーが次々に閉店している。日中に堂々と大きなバッグに商品を詰め込み、店員は関わるのを避けて盗み放題。昨年後半から今年にかけて、そうした異常な状況が日本でも度々報じられていたのでご存知の方も多いと思う。
問題視されている州法は、2014年に住民投票で承認された「Proposition 47」だ。数百ドルの窃盗は生活苦が原因であるケースが多く、重い罪で罰するのではなく更生の機会を与える。弱者を救済し、かつ刑務所にかかるコストを削減するための州法だったが、950ドルまでなら捕まっても放免されるお墨付きになっていると報じられた。では、この問題のその後をご存知だろうか。
大都市のドラッグストアやスーパーなどの窃盗被害は減少せず、カリフォルニア以外の州でも起こっている。例えば、ドラッグストアのRite Aidが12月と1月に20万ドルを超える被害があったとして、ニューヨーク市ミッドタウンの店舗を閉鎖 した。窃盗犯は毎日のように、時には1日に2度、洗濯用の大きなバッグを持って現れていたという。
昨年12月に全米小売業協会(NRF)がリリースした調査データによると、盗られている商品は、デザイナー衣類、そして洗剤、ヒゲ剃り用のカミソリ、ブランド物のハンドバック、香水が続く。窃盗が多い都市のトップ5は、ロサンゼルス、シカゴ、マイアミ、ニューヨーク、サンフランシスコだ。
カリフォルニアのProposition 47が原因の万引き増と報じられていたが、その指摘に違和感を覚える状況だ。まず、カリフォルニア州だけではなく他の州の都市でも多発している。さらに納得できないのが、クマ用のスプレーで店員を襲ったり、集団の窃盗団だったり、数十人のホームレスを雇っての襲撃など、万引き(shoplifting)の域をはるかに超えた組織的な犯罪が次々に起こっていること。被害額も大きく、「Proposition 47で950ドルまでなら重罪に問われないから」という理屈が通らない。そもそもカリフォルニアの950ドルという線引きは米国で飛び抜けて緩いわけではなく、むしろ緩和した州の中では保守的な方だ。1000ドル以上の州は多く、2000ドルを超えている州もあるのだ。
下はFBIが公開している犯罪統計だ。カリフォルニア州の窃盗はProposition 47が承認された時期に増加したものの、その後は減少し続けており、そして2020年に急減した。2021年には増加したが、コロナ禍前の水準には戻っていない。
コロナ禍とProposition 47によって窃盗が急増しているかのような報道と異なり、実際には窃盗が減少している。ただし、サンフランシスコやニューヨークのような都市のドラッグストアやスーパーでは店舗を閉鎖に追い込むほど万引きが増えている。だから、盗られている商品のトップ5に、洗剤、ヒゲ剃り用カミソリなどが入っている。
つまり、ドラッグストアやディスカウントストアのような特定の小売りを狙った窃盗が突出して増加しているのだ。それらに共通するのは、店の大きさに対して少数の店員でオペレートされ、セキュリティは単純。棚に商品を山積みしていて、大量の商品を一気に持ち去れる。
この問題の根底には、銃社会、暴力事件が起こりやすい社会環境がある。NRFの小売店を対象としたアンケート調査によると、米国の小売店で最も憂慮されている問題は店内での暴力である。都市の小売店は発砲事件を含む暴力が珍しくない場になっており、だから店員は店内での異常時に自分の身の安全を優先する。店員が少ない大型店なら、騒いで速やかに行動すれば簡単に商品を盗み取れる。ネットも利用するようになった組織的な窃盗犯が、そうした小売店をターゲットにし始めた。
一時Apple Storeをターゲットにした組織的な窃盗が頻発した時期があったが、盗まれたApple製品は特定されてアクティベートできなくなる。危険を冒して盗んでも、盗んだ商品はパーツとしてしか転売価値がない。窃盗対策のスマートショッピングカートを導入している小売店もある。商品棚のセンサーからのデータで不審な動きを監視し、必要に応じてカートの車輪をロックして犯罪を未然に防ぐ。
しかし、窃盗被害の多い都市で閉店しているドラッグストアやディスカウントストアのセキュリティ強化は、 商品の棚に鍵 をかけたり、出入口を狭くして周囲にバリケードを設けるといったものばかり。それでは一般の買い物客の利用が不便になるばかりで、窃盗を減らせても客足が遠のく悪循環である。組織的な窃盗の増加に対してApple Storeが閉店を決めたら驚くことだが、Rite Aidなどの閉店は必然といえる。
組織的窃盗の増加で、米国ではeBayやAmazonといったオンラインマーケットプレイスにおいて販売者の身元確認と連絡先情報の開示を義務づける動きが活発化している。盗品転売や詐欺を防ぐ対策は必要ではある。だが、最近のオンラインマーケットプレイスへの圧力は店の入り口にバリケードを築かせるような危うさも感じる。オンラインVS実店舗の対立で、オンラインマーケットプレイスでのビジネス機会や利用者の利便性を損なうような対策になるのは望ましくない。
Proposition 47によって窃盗が増加したという一面のみに焦点を当てた報道もそうだが、危険な暴力が人々の日常に存在する腐敗より、転売に使われるマーケットプレイスに非難の矛先を向ける。暴力が起こりやすい社会環境に向き合わない米国の深刻な問題が現れている。