2月14日に「Proxi」というカスタム地図を作成・共有するサービスがプリシードラウンドの120万ドルの資金調達を発表した。
この発表でProxiの知名度が全国区になり、それと共にGoogleマップが登場(2005年)する前は「デジタルマップを印刷していたよね」という話題が広がった。それで、私もそんなことをしていたのを思い出した。
今スマートフォンでマップ・アプリを使っている人達は、Googleマップなどの地図を印刷したことがない人がほとんどだろう。プリントアウトなんて持ち歩かなくても、必要な情報をすぐに画面に呼び出せる。
デジタルマップを印刷していたのは紙の地図の方が圧倒的に使いやすかった頃の話だ。今のようにデジタルマップをなめらかに移動できるようになったのはAjaxを用いたGoogleマップが登場(2005年)してからで、それ以前のデジタルマップは少しでも動かすと全体の再読み込みでしばらく待たされることの繰り返し。紙の地図帳をめくった方がはるかに効率的だった。唯一、デジタルマップが紙の地図を上回っていたのが"地図作り"である。例えば、出発点から目的地までの経路を1枚の地図にまとめたり、店の場所を伝える時に必要な範囲をプリントアウトして説明を書き込む。そういった使い方でデジタルマップを印刷していた。カスタマイズできる紙の地図のような使い方である。
Googleマップ以降、デジタルマップが急速に進化し、紙の地図を手にする機会がどんどん減っていった。では、当時"デジタルマップの印刷+手書き"でやっていた地図作りも完全デジタルになったかというと、紙の地図を使わなくなると共に、カスタム地図を作ったり使ったりすることが減ったように思う。おすすめの店への行き方の地図を渡さなくても、住所を伝えれば、検索して詳細な地図を呼び出し経路も分かる。手作り地図がなくても、それほど不便を感じない。だが、しかし……だ。
Proxiは、ワシントン州在住の小さな子供を持つ女性が友人と設立した。誰でも簡単に地図を作って共有できるサービスだ。Webサイトやソーシャルメディアへの埋め込みをも可能。友達などに情報の追加に参加してもらうクラウドソーシングのオプションも用意している。
設立のきっかけは2020年のハロウィーンだった。通常だとハロウィーンのデコレーションをしている家が「トリックオアトリートできる家」の目印になるが、2020年はCOVID-19でデコレーションしていても感染拡大防止のためトリックオアトリートを断る家が多かった。子供の親も感染防止対策している安全な家を選びたい。そうした情報が地域のFacebookグループなどで共有されていたが、どれも住所をリストしているのみ。それでは自宅からの距離感がつかめず、場所の情報とマップを行き来して調べなければならない。Proxi共同設立者の1人、Melinda Haughey氏は情報が共有されていても「使いづらい」と思った。
Haughey氏は、ソーシャルメディアの研究者や政府のインテリジェンスアナリストを務め、地理空間をビジュアライズするツールを構築した経験も持つ。そこで、安全にトリックオアトリートできる場所の情報をマップにパブリッシュできるようにしたところ、瞬く間にシアトル地域で2300カ所の情報が共有され、ネットワーク局のモーニングショーでも取り上げられた。
そのハロウイーンの体験で気づいたのは、Googleマップのマイマップなど地図を作れるサービスはあるものの、あまり活用されていないのは地図作りの需要がないからではない。場所に関する情報を共有するニーズがあるものの、既存のツールは一般の人達にはとっつきにくく、手書きで地図を描くほど手軽で簡単ではないこと。一般の人達は「レイヤー」というような言葉が出てきただけで分からなくなってしまう。そうした人達にとって、デジタルマップの地図作りは身近なものではない。
Proxiではテンプレートを参考に、誰でも簡単にカスタムマップを作成できる。コード不要、ワープロで文書を作成するような手軽さだ。シアトルのローカルニュースKing 5によるおすすめスポット、黒人のトラベルブロガーによるローカルガイド、子供も楽しめるワイナリー/ブリュワリー、クリスマスイルミネーション・マップなど、シアトルとテキサス州オースチンを中心にこれまでに500枚以上のマップが作成された。インフルエンサーが新婚旅行の際に訪問先のおすすめ情報をクラウドソーシングで募集するなど、ユニークな活用方法も増えている。商店街が店のマップを作り、加盟店のレジなどにQRコードを貼り、お客さんが簡単に商店街マップにアクセスできるようにするといった使い方も可能だ。
Proxiは参加型の地理情報システム(GIS)である。だが、そう表現するとProxiの良さは見えてこない。誰でもオリジナル地図を作って活用できるサービスであるところにProxiの成長の理由がある。
参加型のGISはすでにいくつも存在しているが、これまで専門的にマップに関心を持つ人達のためのシステムから拡大できずにいた。しかし、「安全なトリックオアトリート」のようなユニークで役立つマップを必要としているのは、そこで暮らす一般の人達である。そうした人達が地図を使って考え、地図作りに加わることに参加型GISの意味がある。その点でProxiのアプローチは効果的だ。小学生の頃に誰でもマイマップを作った経験があるように、高度な知識が持たなくても地図を使って考え、地図を作り、そして地図を楽しめる。それをデジタルマップに融合させたサービスといえる。ビジネスモデルなどProxiの成長の先行きには不透明な部分もまだ多いが、手作り地図のデジタルコンテンツとしての価値は大きい。