今年Appleが新たに発表した製品の中で唯一日本での発売が実現しなかった傘下Beatsの完全ワイヤレスイヤホン「Beats Fit Pro」(日本発売は来年初旬を予定)を購入した。ワークアウト用に使っていたJaybird「Vista」の片方をなくしてしまい、そのタイミングで発表されたBeats Fit Proを購入した次第だ。
特徴は、安定した装着感を実現するイヤホン本体と一体デザインのウイングチップ。AppleのH1チップを搭載し、ワンタッチペアリングやAppleデバイス間でのスムースな接続切り替え、「探す」といったAppleのプラットフォーム機能を利用できること。そして、アクティブノイズキャンセリング(ANC)、空間オーディオやAdaptive EQなどスマートなオーディオ機能だ。
ウイングチップは宣伝通りの装着感で、耳に入れてから少し後ろに回転させる装着方法に従って付ければ、ウイングチップが適度な力でくぼみに引っかかり、首を振っても外れないぐらい安定する。重量は1つが5.6グラムとスポーツ用としては平均的な軽さだ。しかし、小さな本体で装着感がよく、圧迫感を和らげる通気孔の効果も相まってVistaより軽く感じる。
オーディオは低音が響くBeatsサウンドではなく、中高音の良さを引き出すAppleのサウンドに近い。初めて使った時はフラットな音に不満を覚えたが、Adaptive EQが効いてきてきたのか、それともアップデートが入ったのか、短期間で改善し、今はVistaを恋しく思うことはない。Adaptive EQとは、耳の形状や装着具合に応じて低・中域をリアルタイムに補正し、安定したリスニング体験を実現する機能だ。
購入前に、ノイズキャンセリング搭載であることで別の製品にするか迷った。ワークアウト目的ならノイキャンは必要ないし、ジョギングやサイクリングなど外でのワークアウトでノイキャンは危険でしかない。そうした理由から、Jaybird Vistaや「Bose Sport Earbuds」、Beatsの「Powerbeats Pro」などスポーツ向けの完全ワイヤレスイヤホンは、ノイズアイソレーションを備えてもノイズキャンセレーションは搭載していない。Beats Fit Proは、スポーツ用というより「ワークアウトにも使えるオールラウンドな完全ワイヤレスイヤホン」という位置付けなのだろう。実際、そうした目的に適う製品である。ただ、私の目的はワークアウトであり、11月入ってノイキャンを搭載していないスポーツ向けイヤホンが軒並み年末特価になり始めた時期だったのでかなり迷った。
それでも新製品の魅力に抗えずBeats Fit Proを購入したのだが、使ってみるとヨガやメディテーションといった静かなワークアウトにはノイズキャンセリングが大いに効果を発揮してくれた。激しいトレーニングの後にはクールダウンが重要になるから、スポーツ用のヘッドフォンにノイズキャンセリングは"あり"だと思った。
Appleのワークアウトサービス「Fitness+」(日本での提供は未定)との相性が良いのも個人的にはポイントになっている。Fitness+の長所の1つが使うデバイスが自由であること。だから、HIITやウエイトはApple TVで、サイクリングにはiPad、メディテーションはiPhoneで行うことが多い。Beats Fit Proなら耳にはめるだけで自動的に使用するデバイスに接続してくれる。Fitness+のコンパニオンデバイスと呼びたくなる。
Beats Fit Proは、私にとって初めてのBeatsのヘッドフォンだ。Beatsというブランドには関心はあったけど、これまでヘッドフォンの購入には至らなかった。なぜかというと、Appleが買収する前のBeatsはヘッドフォンやスピーカーを販売するファッションとマーケティングの会社だったからだ。
2015年にBeatsヘッドフォンの"重り論争"が広がったことがある。オーバーヘッド型の「Beats Solo」を分解したところ、オーディオ機能には関係しなさそうな36グラムの金属パーツが組み込まれていた。他の部分の重量は86グラムだから全体の約30%に相当する。それら金属パーツは重量感で高級感を醸し出す演出ではないかと疑われた。
当時Beats Soloの価格は199ドル。ベンチャーキャピタルBoltはエンジニアによる分解から、人件費や送料を除いたコストを16.89ドルと分析した。それを受けて、PCMagでSascha Segan氏は「低音重視のAKG Y50やバランスのとれたMarshall Major IIなど、低音マニアにとってもBeatsより音の良い100ドルのヘッドフォンがある。私たちは長い間そのように断言してきた」と書いている。
でも、それが当時のBeatsの戦略だったのだ。大きな利益を確保し、その利益を贅沢にマーケティングに投じていた。ヒップホップを中心に若い世代に人気のあるミュージシャンを支援し、普段の生活や活動中にBeatsヘッドフォンを使用している姿をシェアしてもらう。人気アスリートをブランドアンバサダーとし、試合会場に入る時やロッカールームでBeatsのヘッドフォンで音楽を聴く姿を試合中継で見せる。サウンドは忠実であることより、低音重視、刺激的でホップホップやEDMで際立つドンシャリ。鮮やかなカラー、ファッションに焦点を当て、ヘッドフォンをクールな存在に引き上げた。選ぶのは消費者である。Beatsは「Beatsで音楽を聴きたい」ではなく、「Beatsを持ちたい」と思わせる戦略で若者から圧倒的な人気を獲得した。Beats Soloより音質ですぐれた100ドルのヘッドフォンがあるとしても、象徴的な「b」ロゴのブランド価値によってBeats Soloには199ドルの価値があったのだ。
そんなBeatsだったから、私は個人的にはBeats製品に手を出してこなかった。
Apple買収後、Beatsが「つまらなくなった」という反応が少なくない。たしかに、買収前のようなマーケティングは影を潜め、当時のムーブメントのようなBeats人気は失われている。しかし、ヘッドフォンとして見たら、Beats製品は私にポチらせるApple品質に向上している。Beats Fit Proは199.99ドルとワークアウト用として見たら少し高い。だが、AirPods Pro相当の機能に「b」ロゴがついていることに私は得した気分になっている。