下の画像のデパートに見覚えがあるという方は多いと思う。ニューヨーク市にあるMacy’sのフラッグシップストアだ。毎年秋に感謝祭パレードのテレビ中継が行われる。また、クリスマス映画の名作「34丁目の奇跡」の舞台になったデパートであり、米国のクリスマスを象徴するような場所の1つとして、クリスマス商戦のニュースに毎年登場する。この赤地に大きくMacy‘sのロゴが描かれたボードを巡って、管理しているKaufman RealtyをMacy‘sが提訴した。

  • Macy'sのヘラルドスクエア店、「世界最大のストア」(実際にはデパートの売り場面積で世界第2位)とアピールしている。

これはMacy‘sの看板のようだが、よく見ると隣接するビルのビルボードである。60年にわたってMacys’sが使用してきたこのビルボードの契約が8月に切れる前に、KaufmanがAmazonと交渉していたという。

Macy‘sによると、1963年に結んだ契約に、現在の場所にある限りMacy‘sの競合には広告を出させないという条件が含まれていた。オンラインショップはMacy'sの直接的な競合ではないという見方もあるが、このビルボードにAmazonが大きな広告を出した場合、Macy'sの評判や顧客からの信頼、イメージ、ブランドが大きな損害を被るのは明らかだ。こじれる前に、現時点おいてAmazonがビルボードを使用できない対象であることを確認しようとしている。

新型コロナ禍で来店者が減少し、実店舗型のデパートはかつてない危機に追い込まれている。そうした中、Macy'sは2020年11月〜21年1月期には黒字に戻り、それから順調に利益を伸ばしている。

ワクチン接種の拡大と米政府の追加給付金で消費意欲が追い風になったが、ここ数年同社が進めていたスリム化の効果が大きい。大規模な店舗閉鎖と本社機能の統合、人員削減でコストを圧縮した効果が、コロナ禍で来客数が減少した時期に出始めて影響を比較的小さくとどめられた。

ただ、デパートの肝は買い物の体験である。従業員を減らした分、クリスマスシーズンなど繁忙期に一時的に雇用する臨時スタッフの割合が大きくなると、普段と同様の体験の提供が難しくなる。Macy'sは短期的にはコロナ禍にうまく対応できた企業の1つになっているが、顧客体験の悪化が長期的にはビジネスに悪影響を及ぼす可能性が危ぶまれている。

Macy'sとは逆に、Amazonはコロナ禍を通じてこれまでオンラインショップを利用していなかった人達にもその体験を浸透させて売り上げを伸ばしているが、それゆえに短期的にかつてない困難に直面している。

ホリデーシーズン前で130万人、それでも不足

米国小売り産業は今、深刻な人手不足に陥っている。経済は再開し始めているものの、ワクチン接種完了者がなかなか60%を超えず、感染者が再び増加傾向にある。小売業界の従業員は低賃金で福利厚生も手厚くない場合が多く、リスクを考慮して復職を引き延ばす人、小売り業界を避ける人が少なくない。

そうした中、"130万"という数字が注目されている。Amazonが4~6月期決算で公表したホリデーシーズン前の段階の同社の従業員数だ(前年同期比52%増の1,335,000人)。

来客数の減少に直面するMacy'sとは対照的に、Amazonはスタッフを十分に配置できなければ売上を逃してしまう。例年ならクリスマスはPrime会員を増やす絶好の機会だが、人手不足から配送に時間がかかってしまうと、Prime会員になる価値がないと判断されてしまう可能性がある。

そこでAmazonは年末商戦に向けて米国の物流拠点で12万5000人を雇用する計画を9月に公表。それだけの従業員を確保するために賃金を引き上げ、一部の地域では3,000ドルの契約ボーナスを支払い、条件を満たせば初日から医療保険を提供するといった好条件を提示している。追加雇用する12万5000人はエントリーレベルの時給職だが、平均で時給18ドル(約2,000円)から。高いところだと時給22.50ドルから。連邦法で定められている最低賃金7.25ドルを大きく上回る。

  • Amazonの12万5000人を雇用する計画のリリース

コロナ禍に中国リスクが加わってサプライチェーンが混乱し、トラック運転手不足などによる流通の鈍化も重なって品不足も深刻化している。今年のホリデーシーズンは多くの小売りがビジネス機会を満たせない可能性が指摘されている。WalmartやTargetといったAmazonと競合する小売り大手は雇用条件で対抗しているが、中小規模の事業は手詰まり状態に追い込まれている。日本人の間で「米国版ダイソー」と呼ばれる米国の100円ショップ大手Dollar Treeが、サプライチェーンの支障と運賃・賃金上昇を理由に、35年にわたって維持してきた1ドルのこだわりを捨てて1.00〜1.50ドルの間の柔軟な価格にする値上げを発表した。結果、Dollar Tree株は上昇した。

ホリデーシーズンが過ぎてもこの雇用の混乱はしばらく収束しそうにないが、長い目で見ると、Macy'sの例に見られるように、企業が人を育てる環境の崩壊が懸念されている。人材をプールから引き出すだけでなく、求職者にその能力やキャリアを伸ばせる環境を与え、高いスキルを持つ有能な人材に成長させていかなければ、変革の原動力になるスキルを持った人材の不足にいずれ直面することになる。

Amazonは9月15日に米国の「CareerDay 2021」を開催し、それに合わせて米国の物流拠点で働く時間給の従業員75万人を対象に、大学の授業料(手数料や教科書代を含む)を全額支払うプログラムを発表した。コロナ禍でベビーブーマーの退職・引退が加速し、2025年にはミレニアルズが米国の労働者の75%を占めると予想されている。それに続くZ世代は多額の学生ローンにミレニアルズが苦しめられているのを目の当たりにして大学進学に慎重になる傾向が見られる。オンラインコースやコミュニティカレッジといった学費を抑えて学生ローンに頼らない方法に関心を持つ学生が増えている。

学費援助は今必要な労働力を補充できると共に、能力とキャリアを伸ばしていく道すじを模索する若い世代にアピールするものになる。どのようなビジネスであれ、全てのビジネスは人材育成に関わる……そうした姿勢が伝わってくるCareerDayだった。