Appleが4月26日にリリースしたiOS 14.5とiPad OS 14.5、tvOS 14.5から「Appのトラッキングの透明性」(ATT:App Tracking Transparency)の提供が始まった。

ATTは、IDFAというWebブラウザにおけるcookieのような役割も果たす端末識別子をアプリが利用する際に、ユーザーからの許可を義務化したプライバシー保護機能だ。ユーザーがアプリによる追跡の有無を知り、アプリごとに許可と拒否を決められる。具体的には、下のような「[アプリ名]が他社のAppやWebサイトを横断してあなたのアクティビティの追跡することを許可しますか?」とたずねるダイアログが表示される。

  • 「Appのトラッキングの透明性」で表示されるダイアログ

    「Appのトラッキングの透明性」で表示されるダイアログ

こうしたダイアログが突然現れるとユーザーは困惑し、トラッキングを許可しない可能性が高い。そのためATTに関してアプリ開発者の間で、iOSアプリの広告キャンペーンの計測・最適化が不可能になるのではないかと懸念が広がっていた。

開始から2週間、Flurry Analyticsの調査において、5月9日時点のオプトイン率はグローバルで15%、米国で6%だ。これはATT提供開始前の予測を大きく下回っており、アプリ開発者にとってキビしい結果と言わざるを得ない。しかし、まだ2週間であり、IDFAの今後について判断を下すのは時期尚早といえる。現時点でATT対応のばらつきが大きく、今後ATTダイアログで許可を増やすノウハウが浸透していけば、オプトイン率が事前の予想を超える可能性もある。

例えば、Appleが用意している説明はユーザーにトラッキングを知らせることを重んじた内容になっているが、ダイアログの「追跡することを許可しますか?」に続く説明をアプリ開発者がカスタマイズできる。それを上手く利用している例をいくつか紹介すると、「RapidShot」(脳トレゲーム)は「広告の最適化を行い、表示回数を減らすために使用します」としている。広告の最適化がユーザーにもたらすメリットを具体的に示しており、「それなら」と思うユーザーが出てきそうだ。

  • 超高速 暇つぶし脳トレゲーム:RapidShot

「より良い広告体験」や「広告の最適化」という言葉は、そのままではそれがどういうことなのかユーザーは想像しにくい。「Infuluenster」(商品紹介&レビュー)はそこをイメージしやすいように「あなたの興味やライフスタイルにフィットするパーソナライズされた広告を生成するために、データの提供を希望するなら"許可"を選択して下さい」としている。Bloomingdale'sは「あなたが気に入る製品を提案させていただくために、あなたのデータを利用します」と、ショッピングの体験の向上をイメージさせている。

  • Infuluenster:Reviews & Deals

  • Coin Masterは「Coin Master上で友達とつながるために広告識別子の使用をお願いしています」と、友達と一緒にプレイできるメリットを強調

「Pandora」(ネットラジオ)は「よりパーソナル化された広告を配信することは、私達の無料サービスの支援に役立ちます」と、無料サービス継続へのサポートを求めている。広告を利用した無料サービスの弊害が危惧される傾向が強まっているものの、有料化を望まない人は多く、無料継続を強調する効果はありそうだ。

  • Pandora: Music & Podcasts

逆にカスタマイズで印象が悪くなっている例を紹介すると、下の「ESPN」(スポーツニュース)のダイアログだ。詳しい説明になっているものの、「サービス規約」のように文字だらけで表現がカタい。これではユーザーの読む気が失せて説得につながらない。熱意は認めるけど、効果という点で疑問符が付く。良好な反応を得ているダイアログには、簡潔な説明で、許可すべき理由を分かりやすく伝えているものが多い。

  • ESPN: Live Sports & Scores

Last Day On Earthは、許可に対して「私達があなたにギフトや素敵なオファーを提供できるようになります」としている。一昔前なら効果があったかもしれないが、今ATTが導入される理由を考えると、データを利用する理由を示さずにギフトなどで惹きつけるのはユーザーから危ぶまれやすい。

ダイアログの前に説明ページでワンクッション

こうしたダイアログの説明文の他にも、アプリ開発者はダイアログを表示する前に、ATT許可に関して説明するページを表示できる。例えば、「Instagram」(SNS)は、下のような説明ページを通じて、ユーザーの許可が「今後も無料サービスであり続けることの支援」、そして「顧客にリーチするために広告を利用しているビジネスの支援」につながると呼びかけた上で、ATTのダイアグラムを表示している。

  • Instagramは説明ページ(左)でトラッキングに関する同社の考えを示した上で、ATTダイアログ(右)を表示

「New York Post」(新聞)も説明ページを通じてアプリの無料提供への支援として許可を求め、また許可/拒否を後から設定で変更できることを伝えている。いつでも変更できるなら支援してみようという人が出てくるから、迷っている人を許可に導く効果が期待できる。

  • New York Post

「Domino's」(ピザデリバリー)は「私達はあなたの好みのピザをデリバリーすることで知られています。広告も同じように、あなたにピッタリのものをデリバーしたいと思っています」というDomino'sらしい簡潔な説明ページを表示。ユーザーとのフレンドリーな関係を意識させた上で、ATTダイアログに誘導している。

  • Domino's Pizza

現時点でユーザーに受け入れられているアプリのATT対応をまとめると、ATTは透明性を高める取り組みだけに、ユーザーセントリックな目線で理解と協力を求めるアプローチがポイントになっている。

ATTの提供が始まる前、3月〜4月20日にAppsFlyerが行った調査だと、利用者が追跡を許可する可能性は39%を超えていた。Singularが行ったアンケート調査でも38.5%。直前の調査データは、それまでの予測を上回るオプトイン率だった。それらと、Flurry Analyticsの提供開始から2週間のデータ(グローバルで15%、米国で6%)との開きは大きい。

ただ、まだ始まったばかりでATT対応も様々、効果を手探りしながら進んでいる状態である。説明ページに至っては用意しているアプリが少ない。いきなりダイアログを表示するのではなく、説明ページでワンクッション置いて心の準備をさせる効果は明らかなだけに、説明ページが活用されていないのはもったいない。

  • iOS 14.5の提供開始から2週間後の5月9日まで、ATTのオプトイン率(日)の推移(Flurry)

一度拒否したユーザーを許可に変えるのは難しく、のんびりしていると状況の厳しさが増す一方だが、ユーザーの利益にもなるようにデータを利用するアプリがオプトイン率を上げられる可能性は十分に残されている。少しずつではあるが、AppsFlyerの調査のオプトイン率は上昇している。