音楽、映画・ドラマではエンターテインメントの新たなビジネスモデルとして定着したサブスクリプション。その変化がゲームに及ぼうとしている。グッドフライデーだった先週の金曜日(4月2日)に、ゲーム市場でサブスクリプションにスポットライトが当たった。

Appleがゲームのサブスクリプションサービス「Apple Arcade」に「FΛNTΛSIΛN」「World of Demons - 百鬼魔道」「CLAP HANZ GOLF」といった30本以上の新ゲームを追加、月額600円で遊び放題の同サービスのゲームカタログが180本を超えた。そして、ソニーインタラクティブエンタテインメント(SIE)のSan Diego Studioの「MLB The Show 21」が、発売日の2021年4月20日にMicrosoftのサブスクリプションサービス「Xbox Game Pass」に登場することが明らかになった。これら2つの発表が同じ日になったのは偶然だと思うが、発表が重なったことでApple ArcadeとXbox Game Passの共通点である"ダウンロード方式のゲームサブスクリプション"に注目が集まった。

Apple Arcadeに追加された「FΛNTΛSIΛN」は、ファイナルファンタジー・シリーズの生みの親と呼ばれる坂口博信氏が率いるMistwalkerの新作RPGだ。「World of Demons - 百鬼魔道」は、「ベヨネッタ」や「NieR:Automata(ニーア オートマタ)」のプラチナゲームズの新作アクションゲーム。そして「CLAP HANZ GOLF」は「みんなのGOLF」シリーズを制作してきたクラップハンズの新作ゴルフゲームである。ゲーム機向けにヒットを連発してきた実績のあるゲーム開発者による完全新作が、Apple Arcadeに一挙投入された。

  • 手作りジオラマから作り出した幻想的な世界、Apple Arcade発表時(2019年3月)から大きな話題になっていた「FΛNTΛSIΛN」がついに登場

    手作りジオラマから作り出した幻想的な世界、Apple Arcade発表時(2019年3月)から大きな話題になっていた「FΛNTΛSIΛN」がついに登場

Xbox Game Passに登場する「MLB The Show」は、これまでPlayStationの独占タイトルとして提供されてきたが、2019年にSIEがMLBおよび選手会とマルチプラットフォームで展開することで合意し、2021年以降のマルチプラットフォーム展開が予告されていた。Xbox版の登場は既定だったのだが、SIEがリリース日から「Xbox Game Pass」でも遊べるようにしたことがサプライズになった。というのも、「MLB The Show 21」はSIEのサブスクリプションサービス「PlayStation Now」の配信タイトルに含まれていないのだ。

その理由として、Xbox Game Passがダウンロード方式であることが指摘されている。今日のゲームサブスクリプションはダウンロード方式とストリーミング方式に大別できる。Apple Arcadeはダウンロード方式。Xbox Game PassとPlayStation Nowは両方に対応しているが、Xboxはダウンロードに、PS Nowはストリーミングに軸足を置いている。それらのほか、Googleの「Stadia」、NVIDIAの「GeForce NOW」、Amazonの「Luna」などはストリーミング方式だ。

昨年話題を集めたゲームサブスクリプションはストリーミング方式だった。クラウドでゲームを処理して端末にストリーミングする。インストール不要。高速なネット回線があれば、従来ならゲーミングPCを必要としていたようなゲームを、モバイル機器や比較的低いスペックのPCでも遊べる。ゲームの遊び方を変えるサービスと期待された。

しかし、理想に現実は届かず、画質の低下や遅延といった弱点が散見され、ゲーム体験にこだわる人を満足させるものにはなっていない。

Microsoftもストリーミングサービスを手がけているが、同社はダウンロード方式でゲームサブスクリプションを展開し、ストリーミングは利用者がデバイスの選択を広げられる補足的なサービスにとどめている。ダウンロード方式には、デバイスにゲームをインストールする手間と、ゲームの動作要件を満たすスペックのデバイスが必要になるというデメリットがあるが、その代わりにゲームがスムースに動作する。Apple風に言うなら「It just works」だ。

いずれ「サブスクリプション+ストリーミング」が主流になる未来が訪れるかもしれないが、現状ストリーミングとの組み合わせではゲームサブスクリプションの良さも失われてしまう。変化を急ぐより、まずはダウンロード方式との組み合わせでサブスクリプションを浸透させるステップを踏むのが、ゲーム市場を活性化させる現実的なソリューションといえる。

AppleとMicrosoftがダウンロード方式を採用しているのは、iOSデバイスとMac、XboxとWindows PCというデバイスの圧倒的なユーザーベースを活かせるからだ。昨年、App Storeの収益配分モデルや課金システムを巡ってEpic GamesがAppleを提訴した際に、iOSデバイスで「Fortnite」を遊んでいるプレイヤーは全体の一部と見られた。だが、実際には7000万人以上がiOSデバイスのみで遊んでいることが裁判の過程で明らかになった。Appleのデバイスはゲーマー向けではないが、それゆえにゲーム機向けではリーチできなかった人達を開拓できるチャンスをゲーム開発者にもたらしている。

Microsoftは昨年末に「Xbox Series X」と「Xbox Series S」を発売したが、今世代で同社の関心はゲーム機からXboxとWindows PCを合わせたプラットフォームの優位性を活かせるXbox Game Passに移っている。同サービスの加入者数は昨年4月に1000万人を突破し、同年9月に1500万人、今年1月末時点で1800万人と急増している(PS Nowは昨年5月時点で220万人)。SIEが「MLB The Show 21」をXbox Game Passに提供するように、ゲーム開発者がゲームユーザーにリーチする方法としてゲームサブスクリプションは見過ごせない存在になろうとしている。

  • より多くのファンにとどけられるマルチプラットフォーム展開でなければ、MLBや選手会と合意できない時代に

コンテンツ提供者はサブスクリプション型への移行に二の足を踏む。音楽もそうだった。レコードからCD、CDからダウンロード販売への移行の時と違って、サブスクリプションへの移行は消費者が"所有しないエンターテインメント"への大きな変化になる。買い切りモデルが縮小してるとはいえ、サブスクリプションが経済的にそれに取って代わる持続可能なモデルになるのか。移行のリスクが大きいだけに、サブスクリプションに大きく賭けることを恐れる。

音楽市場では、2014年にデジタルの売り上げがパッケージを上回り、ストリーミングサービスの躍進を追い風に、2015年に1998年以来となるプラス成長を果たした。2015年末にはビートルズの全作品がストリーミングに登場している。2014〜2015年がターニングポイントだった。

CDやダウンロード販売が急速に縮小した音楽市場に比べると、ゲーム市場はパッケージとダウンロードの売り上げが順調に推移している。それでもクロスデバイスや豊富なコンテンツを自由に楽しめるサブスクリプションに対する消費者の関心は日々高まっており、市場の動きに敏感なゲーム開発者はゲーム機市場ではなく、より多くにリーチできるゲームサービスを重視し始めている。それが表面化したのが4月2日の発表であり、ゲーム市場のトレンド変化の予兆として受け止められている。