ギグエコノミーの成長を牽引してきたライドヘイリングのUberとLyftがカリフォルニア州の路上から消える危機がすんでのところで回避された。シリコンバレーでライドヘイリングはタクシーや公共の交通手段に代わる存在として定着しているだけに、新型コロナ禍で需要が低くなっているとはいえ、2社が事業を停止していたら混乱は免れなかったはずだ。

なぜ事業停止の危機になったかというと、カリフォルニア州で「AB5」というギグワーカーらの権利を守るための州法が1月に施行されたからだ。ライドヘイリングやフードデリバリーといったギグエコノミー企業は、運転手や配達員を個人事業主として扱うことで最低賃金の保障や残業手当、有給の病気休暇、失業保険や残業代などの負担を免れていたが、AB5では以下の3つを満たさない業務従事者を従業員と見なす。

  • 業務従事者が履行する業務が、使用者の指揮命令または管理から自由であること
  • 業務従事者は、使用者の通常の業務の範囲外のタスクを行っていること
  • 業務従事者は使用者のために行われる業務と同じ性質の商売、職業、またはビジネスを独立して継続して行っていること

ライドヘイリングでは、運転手が好きな時間にアプリでログインして仕事をする自由がある。AB5の下でも従業員には当たらないと主張するライドヘイリング・サービスに対して、米サンフランシスコ郡の上級裁判所は独立した個人事業者の条件を満たしていないとして、8月11日にUberとLyftに対して運転手を従業員として扱うことを求める仮命令を出した。効力を発揮するまで10日間の猶予期間が設けられたが、わずか10日で対応できるわけはなく、2社は命令を不服として上訴。期限を迎えた場合にサービスの一時停止に踏み切る考えを表明していた。そして期限直前の20日、控訴裁判所が一審の仮命令の猶予期間を延長し、土壇場でサービス停止が回避された。

  • ライドヘイリングを利用する旅行者が増えてサンフランシスコの空港には専用エリアが設けられるなど、カリフォルニア州でライドヘイリングは人々の生活に浸透している

    ライドヘイリングを利用する旅行者が増えてサンフランシスコの空港には専用エリアが設けられるなど、カリフォルニア州でライドヘイリングは人々の生活に浸透している

Uberの2020年4〜6月期は17億7500万ドルの赤字だった。ライドヘイリングの運転手を従業員として扱えば、今のままの事業は成り立たない。同社によると、現在カリフォルニア州で21万人近いアクティブな運転手が51,000人ぐらいに減り、料金は25〜111%上昇する。便利な移動手段がなくなって人々の移動が鈍れば、経済活動にも悪影響が及ぶ。利用者にとってライドヘイリングは生活に欠かせない存在になっており、Andreessen HorowitzのBenedict Evans氏は、誰のためにもならない「悪しき規制」と批判している。

ギグエコノミーが新たな貧困を生む可能性

確かにカリフォルニア州のギグエコノミー規制は拙速さを否めない。しかし、それは危機感の裏返しでもある。

ギグワーカーが個人事業主であるという経営者の意識や視点を持って取り組み、優れたサービスを提供するワーカー同士の競争が生まれたらプラス循環が期待できる。実際、高質なサービスで高い評価を得ているワーカーはたくさん存在する。しかし、現実はというと多くはカジュアルワーカーであり、単発の仕事や日雇いの仕事を受ける感覚で従事している。そうした現実を把握していながら、企業は全てのギグワーカーを個人事業主と見なしてきた。ワーカーは、継続的に収入が得られる保証はなく、社会保障費用も自己負担、労働組合の権利も多くで認められていない。

UberやLyftは運転手を従業員と見なすと現在の事業を継続できないと主張するが、その現在の事業がすでに成り立っていないとも指摘されている。シェアライドやフードデリバリーはワーカーやユーザーの数で市場を制する競争になっており、Uberの新規株式公開(IPO)における目論見書では、利用客が支払う料金以上をドライバーに支払っているケースがあることが明らかになった。「より多く、より安く」で市場がバブル化している可能性があり、ディスラプションを起こせるという期待感から流入している資金が途絶えた時に破裂する危うさがある。その犠牲になるのはユーザーであり、ワーカーだ。不安定に働くことが標準化するような状況を許していけば、ギグエコノミーによって新たな貧困が生まれてしまう恐れがある。

AB5に基づいてサンフランシスコではフードデリバリーのDoorDashを、サンディエゴではグローサリーデリバリーのInstacartを市が提訴した。マサチューセッツ州でも、カリフォルニア州と同様のライドヘイリング規制が進められ、米下院にもギグワーカーを保護する法案が提出されている。

そうした規制強化の動きに対して、UberやLyftはドライバーの雇用を請け負う会社と契約するフランチャイズのような方法を検討すると共に、ドライバーを個人事業主としながらある程度の保障を提供する新たな州法でAB5を置き換えようとしており、今年のエレクションデー(11月3日)に住民投票で諾否を問う。他州よりもライドシェアの普及が進んでいただけにギグエコノミーの負の側面も見えてきたカリフォルニア州。それでもギグエコノミーを「働き方の未来」として承認するか、11月の投票が注目される。