筆者が日常的に使っているソフトの1つである「TextExpander」が今年の春に料金モデルを変更した。ご存じない方に説明すると、TextExpanderは入力支援ツールだ。たとえば、自宅の住所を「;add」というような省略記号に結びつけて登録しておくと;addと打つだけで住所が入力される。電話番号、メールの定型文、原稿の定型文、長い名前の製品、HTMLタグなど、よく入力するものはほとんどTextExpanderまかせだ。

これまでTextExpanderは「買い切り型」だったが、それが「サブスクリクション型」になった。料金は48ドル/年または4.95ドル/月。これまでのメジャーバージョンアップが20ドルぐらいだったのに比べるとけっこうな値上がりである。私も躊躇したし、他のユーザーからも不満の声が噴出した。それでも、私は契約した。代わりになるソフトは存在するし、中には無料で使えるものもある。しかし、それらもずっと使い続けられるとは限らない。すでにたくさんの人が使っていて、ユーザーから評価され、有料ソフトとして成功しているTextExpanderですら値上げしなければやっていけないのだ。代替となるソフトが納得できる収益モデルを示せているならともかく、今は無料または低価格でもやがて収益化の問題に直面するだろう。TextExpanderを開発するSmileは、サブスクリクション型にして安定した収入を確保することで、新機能の開発やOS X/iOS以外のプラットフォームへの対応などを進められるとしている。正直、入力支援ツールに48ドル/年は高いと思ったが、私の場合、仕事でその価値を実感しているし、独力で収益事業化に挑むSmileをサポートすることにした。

ちなみにSmileはその後、既存のTextExpanderユーザーからの不満の声に対処して、既存ユーザーには20ドル/年のプランを用意、また料金を40ドル年まで引き下げた。ガンバッて欲しいものである

収益化し難いソフトがブラインドスポットに

しばらく前にThe Informationに掲載された「The Non-Monetizable Product Blind Spot」という記事で、Sam Lessin氏が「心から便利で役に立つと思えるアドレスブックやカレンダーがないのはなぜか?」と問いかけていた。

人々のニーズを満たす製品がないのではなく、そうした製品はたくさん存在するのに、すぐに消えてしまう。だから、正確には「役に立つと思えるアドレスブックやカレンダーがすぐに無くなるのはなぜか?」だ。Lessin氏は、個人向けプロダクティビティ・ツールの収益事業化が難しいのが原因と指摘している。ソーシャルアプリなら口コミで一気に広がったり、メディアソフトもコンテンツをきっかけに、たくさんのユーザーを獲得できる。だが、個人向けプロダクティビティ・ツールはこつこつとユーザーを開拓していくしかなく、顧客獲得コストが高くなる。加えて、OS付属のツールがそこそこ使えるから価格を高くすることもできない。

顧客獲得コストが高い割にユーザー単位の売上が小さく、大きな進化を遂げられない個人向けプロダクティビティ

それならOS付属のツールがより役立つように進化してくれるのが、ユーザーにとって望ましいが、ハードウエアから収益を上げるAppleも、広告を収入源とするGoogleも、コアビジネスとの関連が薄いカレンダーやアドレスブックの進化に情熱を注いでいるとは言いがたい。

でも、人々はもっと便利なカレンダーやアドレスブックを求めており、そうした問題の解決に取り組んだスタートアップの製品が話題になることは多い。たとえば、Sparrow、Acompli、Sunrise等々。しかし、マネタイズの問題に直面し、ビジネスとして失敗するか、たくさんのユーザーを抱えるプラットフォームベンダーに買収されて消えているのが現状だ。だから、パーソナル・プロダクティビティ、ニュース・リーダー、パーソナルジャーナルなど、マネタイズしにくい製品がソフトウエア産業のブラインド・スポットになっているとLessin氏は指摘している。

大手プラットフォームベンダーが情熱を注げない分野でスタートアップが活躍し、私たちのニーズがまんべんなく満たされるのが望ましい。しかし、無料や低価格にかたよる今日のソフトウエア販売では、開発コストやユーザー獲得コストが高い種類のソフトでスタートアップが利益を得るのが難しい。サブスクリプションが打開につながるかは分からないが、TextExpanderのSmileのように役立つツールを提供し、そして収益事業化に挑むソフトウエアベンダーが支持されるようにならないとブラインド・スポットは解消されないままだ。

Apple Watchアプリの開発が減少

Business Insiderの記事によると、アプリ開発者のwatchOS離れが進んでいるという。モバイルデータベースRealmを利用するアプリの分析データに基づいた記事で、新しいiOSアプリ1,000個に対して、tvOSアプリは10個、watchOSアプリはわずか1個というペースだそうだ。watchOSアプリの開発が少ないのは、iOSアプリのコンパニオンアプリという位置づけであるため、直接的な売上につながらないwatchOSアプリを開発者は優先していないと推測している。iOSアプリに大きく引き離されているものの、有償アプリとして提供できるtvOSアプリの増加ペースはwatchOSアプリの10倍である。

筆者はApple Watchをプロダクティビティツールとして使い始めてから毎日はめるようになった。たとえば、ポモドロタイマーとして使うととても便利だ。もっとApple Watchを活用したアプリが出てきてほしいと思っている。だが、直的的な売上につながらないwatchOSアプリの開発に開発者が消極的であるなら、このままでは私が便利と思っているApple Watchアプリもブラインド・スポットになってしまうかもしれない。