ソーシャルメディアを長い時間使う人ほど鬱に陥る傾向が強いことがピッツバーグ大学医学部の研究チームが行った調査で明らかになった(「Facebookやソーシャルメディアの頻用と鬱の相関がリサーチで明らかに」)。アンケート調査に参加したのは1,787人の米国人で、年齢層は19歳から32歳まで。調査対象になったソーシャルメディアは、Facebook、Instagram、Google+、YouTube、Twitter、Vine、Snapchat、Reddit、Tumblr、Pinterest、LinkedInなどだ。

調査に参加した人のソーシャルメディアの平均使用時間は61分/日で、平均アクセス回数は30回/週。分析結果では鬱のインジケータが「高」だった人が全体の1/4以上で、ソーシャルメディアの使用時間やアクセス回数の増加に比例して鬱傾向も強まったという。Forbesの記事ではこのリサーチ結果に加えて、「Facebookの利用は若者の幸福感を減退させる」という2013年8月にミシガン大学の研究チームが発表した論文も紹介している。

25日にはNew York Magazineに「Facebook投稿が多い母親ほど強まる鬱傾向」という記事が掲載された。これもアンケート調査に基づいた記事で、Facebookのアクティビティが多くなると、子育てに対する意見が増え、そうしたフィードバックに触れて鬱になる傾向が強まるという。

人と人を結ぶソーシャルメディアは本来、人々の幸福感を引き上げてくれる存在であるはずだ。ところが、ソーシャルメディアを長く使うほどに幸福感が下がっていく。ソーシャルメディアは有害なものなのだろうか?

調査結果が示すのは、ソーシャルメディアが利用者の幸福感を引き下げいているのではなく、ソーシャルメディアを長時間使用するほどに幸福感が減退するということだ。同じことと思うかもしれないが、そこに今日のソーシャルメディアの大きな問題が現れている。

一流のソーシャルメディアは一流のマジシャン

今週、Mediumの人気記事ランキングのトップはずっとTristan Harris氏の「How Technology Hijacks People’s Minds」だった。ハート数は5,500件を超え、2位を大きく引き離した。

「テクノロジはどのように人々の心を奪うのか」。Harris氏はAptureのCEOだったが、Googleに買収されて同社でDesign Ethicist /Product Philosopherを務めていた。デザイン倫理・製品倫理の専門家だ。記事はテクノロジが人々の”心理的な弱点”を突く術を解き明かしている。同氏は製品デザイナーが使う心理的なテクニックをマジシャンのトリックに喩えている。マジシャンは観客の目が届かないところ、見ている人の思い込み、心の動きを巧みに利用する。同様にIT企業も巧みにユーザーの心をハイジャックして、ユーザーを誘導しているという。

たとえば、「重要なものを見逃すかもしれないのを恐れる心理」である。見逃す可能性がわずか1%であっても、人々は気に掛けてしまう。そんな気持ちが利用される。「知り合いかも」と勧められると、卒業してからずっと会っていない人までSNSに加えてしまう。連絡が取れない人も友達に加えられる便利な機能ではあるが、同時にそれは利用者を増やしたいSNSの動機を満たすものだ。日常の付き合い以上にネットワークを広げると、コミュニケーションがストレスになる可能性もある。

ソーシャルサービスが写真のタグ付けを熱心に勧めるのも同様だ。サービスに促されて付けられたタグであっても、タグ付けされた人はその友達が自分を友達として認めて付けてくれたと感じ、友達と結びついているサービスを重んじるようになる。これは人々が周りとの関係を気にしたり、周りから認められたいと思う「社会的認知(Social Approval)」を求める心理を利用している。

Facebookはタグ付けをオススメする一方で、誰かが自分の写真に付けたタグを外せるオプションも用意している。でも、友達として付けてくれたタグは外しにくいもの

なぜメッセンジャーは開封通知機能を備えるのか。相手が読んだことを確かめられる便利な機能だが、開封通知によって、ユーザーは読んだらすぐに返事をしなければならないと思うようになる。そして、なにか作業を中断してでもサービスを使うようになる。本来、中断を強いられることを私たちは不快に思うはずなのに、それを受け入れてしまう。

他にも、サービスが望むものを便利に望まないものを不便に、スロットマシーン効果、互恵精神の利用など、Harris氏は数あるハイジャック・テクニックの中から10個を紹介している。「テクノロジが人の心を奪う」と述べているが、それらの多くは「ソーシャルメディアが人の心を奪う」と言い換えられる。ユーザーは心をハイジャックされているという自覚を持たないままストレスを貯めてしまう。つまり、幸福感が減退するのだ。

ハイジャッカーの狙いは何か? 無料サービスは、より長く使ってもらい、より多く消費してもらうことで売上を最大限化できる。ユーザーの時間を奪うのがハイジャッカーの目的だ。Harris氏は「人々の時間は高価なものである。プライバシーや他のデジタル権利と同じようにしっかりと保護しなければならない」と述べている。

昨年から広告表示がモバイルWebに与える影響が問題視され始めた。データ消費量や表示スピードの違いとなって現れるのだから、悪質な広告の影響は分かりやすい。一方で、私たちの時間の価値は分かりにくく、私たちはつい差し出してしまう。無料サービスが対価としてユーザーの時間を求めるのは仕方がないにしても、過度にユーザーの時間が奪われているのが現状ではないだろうか。しかし、長い目で見たら、ソーシャルサービスにとっても「長く使うほどに幸福感が下がる」のは望ましい状況ではない。「便利で有益なサービスにユーザーが時間を費やす」というあるべき関係なのだ。