WWDCの終盤頃、次期iOS「iOS 9」のブラウザ「Safari」に広告非表示機能が実装されると報じられて、大きな話題になった。「無料広告モデルつぶしか?」というような書き方の報道もあり、気になってWWDCのセッション「Safari Extensibility: Content Blocking and Shared Links」を見てみた。
確かに、広告ブロックを可能にする機能であるものの、広告ブロックのための機能と見なすのはちょっと違うと感じた。インパクトのある機能追加であることに変わりはないが、モバイルWebの利用体験をもっと根元から変えようとする取り組みの一環という印象を受けた。
コンテンツブロッキングは、Cookieや画像、リソース、ポップアップなどのコンテンツをブロックする拡張機能を開発者が作成できるようにするAPIである。Safariに広告ブロック機能が装備されるようになると受け止めた人も少なくなかったが、サードパーティが提供して初めて広告ブロック機能が実現する。
とはいえ、広告ブロックツールが登場するのは確定的で、だからこそ「広告ブロック実装」というように報じられたのだろう。だが、広告ブロッカーを開発するAPIとして評価すると、その効果に大きな疑問符が付くのだ。
Adblock PlusのSebastian Noack氏がコンテンツ・ブロッキングに関してコメントしたブログ記事のタイトルは「Safari 9とiOS 9のコンテンツブロッキングは素晴らしいニュースか、それともSafariの広告ブロックが死を迎える予兆か?」である。OS X版のSafariに加えてiOSにもAPIの提供が拡大したことを歓迎する一方で、「ブロックリストフォーマットが使い物にならないものだったら、Safariの広告ブロックは終わりだ」と切り捨てている。
広告ブロック機能が効果を発揮するには、リクエストごとに最新のブロックリストを参照するようなダイナミズムが求められるが、WebKitのコンテンツブロッキングのブロックリストはアプリケーションが実行された時やアプリケーションのアップデートの際にしかアップデートされないJSONファイルに依存しているように見える。それでは広告ブロック機能を提供しても容易にかわされてしまう。
6月14日のアップデートでNoack氏は「コンテンツ・ブロッキングのメカニズムの詳細がWebKitのWebサイトで公開されたが、われわれが心配していたように、現時点でContent Blocking Extensionsは不十分と言わざるをえない、いくつかの問題を抱えている」と述べており、同氏はWebKitのメーリングリストで改善点を指摘した。
なぜ、コンテンツ・ブロッキングは、こんな中途半端な拡張機能になっているのだろうか?
JavaScriptトラッキングをブロックするのに最適
WebKitのSurfin' Safariブログで、Benjamin Poulain氏が「コンテンツブロッカーAPIの利点が生きる機能はプライバシーと、より良いユーザー体験に関するものである」と述べている。さらに、従来のJavaScriptベースの拡張機能モデルでコンテンツブロッキングを実現すると、パフォーマンスを損ない、バッテリーの動作時間、ページロード速度やランタイム性能にも影響が及ぶと指摘している。
プライバシー保護、ユーザー体験、そしてパフォーマンスの3つがキーワードだ。これらから導き出される答えとしては、Baldur Bjarnason氏の「iOS 9のコンテンツ・ブロッキング拡張はモバイル広告のハルマゲドン(最終戦争)ではない」が最も納得できる。広告ブロックはコンテンツ・ブロッキングで可能になる機能の1つだが、コンテンツ・ブロッキングの本当の狙いは「JavaScriptトラッキング・スクリプトをブロックすること」としている。
トラッキングはプライバシーに密接に関わる問題だが、実はパフォーマンスへの影響も大きい。Mozillaの Monica Chew氏がWeb 2.0 Security and Privacyで最高論文賞を受賞した「Tracking Protection in Firefox For Privacy and Performance」によると、トラッキング・プロテクションを有効にしたFirefoxは、同氏が昨年8月にAir Mozillaで公表したデータよりも44%も速くニュースサイトをロードした。それだけ、ニュースサイトに関わるサードパーティのコンテンツが増えているのだ。
トラッキングは広告を提供するための基盤である。Chew氏が5月28日に投稿した「広告:継続維持できるユートピアか?」によると、広告市場の規模は米国だけで500億ドルを超えるが、そのうちの3分の1のクリック・トラフィックは広告詐欺がらみだ。実際にユーザーが接する広告も、半数は存在してもユーザーに意識されていない。つまり、必要を満たしていない巨大なトラフィックがWebには存在する。
ユーザーも邪魔に感じており、昨年だけで広告ブロッカーの利用が70%も増加した。中でも、18-29歳の層では41%が使用している。だが、広告ブロッキングはこの問題を解決する根本的なソリューションではない。そのように考えると、WebKitのコンテンツ・ブロッキング提供の狙いが見えてくる。
もし、効果的な広告ブロッキングが広く使われるようなことになったら、すぐに大打撃を受けるWebサイトが少なくない。それではWebのエコシステムが一気に衰退する可能性すらある。効果的なトラッキング・ブロッカーが広く使われるようになったら、ユーザーは閲覧するWebのパフォーマンス向上を享受できる一方で、たちどころにオンライン広告が衰退するわけではない。しかし、トラッキング・ブロックの影響をじわじわと受け始めるから、オンライン広告に関わる企業はトラッキングに頼ることなく効果的にユーザーに広告を提供する方法に取り組まなければならない。つまり、トラッキング・ブロッカーはWeb広告を変えるカウントダウンの役割を成すのだ。