しばらく前に「5分でわかるApple Watch」という感じの雑誌の見開きページを作ったのだが、あらためてApple Watchを説明する難しさを実感した。Apple Watchの要点をまとめるだけだったら簡単である。でも、Apple Watchのことを詳しく知らない人たちでもApple Watchがどんなデバイスかイメージできるように簡潔に説明しなければならない。

実際に家族や友達を相手に試してみたが、普通に説明しただけではなかなか食いついてこない。「iPhoneと一緒に使うデバイス」とかから始めたら「じゃあ、iPhoneで十分じゃない」となる。そして「時間はスマホで確認できる」「腕時計を巻く人が減っているのに、いまさら腕時計?」だ。それでは「5分であきらめるApple Watch」である。

試行錯誤を重ねた結果、たどり着いたのが「なぜ腕時計が誕生したのか」というところから説明する方法だ。Apple Watchそのものとは関係ないところから入っていく遠回りな説明だが、Apple Watchやスマートウォッチを手首に巻く理由を伝えられる最も手っ取り早い方法だった。

携帯用の時計として、腕時計以前に一般的だったのは懐中時計だった。しかし、懐中時計は時刻を確認するたびにわざわざポケットから取り出さなければならない。そこで、すぐに時刻を読み取れるように手首に時計を巻けるようにしたのが腕時計だ。つまり、手首というのは最も情報にアクセスしやすい場所である。

スマートフォンが登場してから腕時計を付ける人が減ったことで、手首に小型デバイスというスタイルまでも古いもののように見られているが、それは誤りだ。電話であり、時計機能も備え、Webにアクセスでき、カメラにもなる……スマートフォンが便利すぎるから、日時を知るためだけに腕時計を手に巻く必要はないという人が増えているだけだ。

代わりに、時間、メールやメッセージなどのちょっとした情報を得るために、わざわざポケットからスマートフォンを取り出すという手間に人々は再び直面している。豊富な機能を備えたスマートフォンの登場によって、人々は"懐中デバイス"の時代に戻ってしまったのだ。

そこで、手首という情報に最もアクセスしやすいスペースを再び活用しようとしているのがApple Watchである。たしかに、Apple Watchでできることは、ほぼiPhoneでもできる。だが、そのiPhoneの機能だってカバンの中に入っているノートPCでできることばかりである。なぜ、人々はiPhoneを使っているのか? 地図の検索、メールのチェック・返信といったちょっとしたタスクをなどを、ポケットからiPhoneをサッと取り出して済ませられるからだ。

同じことがApple Watchにも言える。近年モバイル向けプロセッサの性能が向上し、スマートフォンの大型化が進んでいる。その分、サッと取り出しにくくなっており、もしスマートフォンが"懐中デバイス"である煩わしさを日頃実感していたら、手首でサッと情報にアクセスできるスマートウォッチを試してみる価値がある。

くどい説明は逆効果

上の説明はけっこう納得してもらえるが、効果を発揮する範囲がスマートウォッチを頻繁に取り出す人、腕時計をしなくなった人に限られる。スマートフォンのライトユーザーや、今でも時計をしている人などにはあまり響かない。そういう人たちにも効果がある万人向けの説明もある。

まず、Apple Watchには3つのモデルがあり、それぞれに2つのサイズがあって、バンドもたくさん用意されていることを示す。ウォッチフェースも自由に変更・カスタマイズできるから、自分の用途に適したApple Watchを選べる……ということだけ説明する。

あとはQ&Aだ。相手の反応を見ながら、その人が興味を持っていることに答える。アクティビティ・バンドを使っている人は収集できるヘルス関連のデータやエクササイズ時の使い方に興味を持つし、iPodの代わりになるか聞いてくる人もいる。何に興味を持つかは人それぞれだ。

自分のスタイルにフィットする1本が見つかるかは誰でも気になるところだが、Apple Watchで何をしたいかは千差万別

iPhoneは携帯電話だけど、単なる携帯電話ではなく、色んなことに活用できるスマートデバイスである。同じようにApple Watchも単なる腕時計ではない。ユーザーのいろいろなやりたいことに応えてくれるスマートデバイスだ。だからといって、アクティビティ・トラッカーとして関心を持っている人に、いきなり「かざして支払いもできる」と言っても響かない。アレもできる、コレもできると言っていたら、むしろ混乱するばかりだ。

「できること」を押しつけるよりも、その人が関心を持っている範囲で説明したほうが興味を引き出せるし、聞くほうも満足できる。くどくど説明しないのが効果的というのは意外な発見だった。

しかし、考えてみると、これってAppleのApple Watchの売り方そのまんまである。幅広いスタイルに対応できるファッション性の高さを前面に押し出し、でもスペックや機能をくどくど説明したりはしない。最小限の情報だけ示して、あとはご自由にという感じだ。こんなんで大丈夫なのかなと思っていたが、それが正解なのかもしれない。

アクティビティ・バンドは用途がはっきりしているから「何ができる」を強くアピールすべきだろう。しかし、スマートウォッチは「何ができる」という型にはめてしまうと、ユーザーの"やりたいこと"に幅広く応えられるという長所を伸ばせない。今「Apple Watchってよくわからない」という人は多いと思う。くどくど説明していないから当然である。

まずは、手首に装着できるスマートデバイスで、自分が何をやりたいのかを想像してみることだ。そんな興味に対する答えをユーザーが得られるのは販売が始まってから。iPhoneユーザーの口コミや充実したアプリ開発者コミュニティから登場するであろうさまざまなソリューションが「Q&A」の代わりになると思う。