出るぞ、出るぞと言われながら約1年、Ubuntu OSを搭載したスマートフォンがついに登場する。といっても、筆者はUbuntuの熱心なファンではなく、発表に目を通していたものの、これまで自分で「買いたい!」とは思わなかった。正直なところ「iPhoneやAndroidのようなスマートフォンがまた1つ増え、そして消えていく……」と思っていた。
ところが、今回Ubuntuが公開したWebページの説明を読んでがぜん興味が湧いてきた。iPhoneユーザーやAndroid端末ユーザーが抱く「スマートフォンとはこういうもの」という固定観念を捨てさせ、新しいスマートフォンの使用体験を提案している。
POBoxの生みの親として有名なユーザーインタフェース研究者の増井俊之氏がエンジニアトークライブ「TechLION」で、コンピュータがこの30年間、まったく進歩していないと指摘していたそうだ。その趣旨は次のとおりだ。
コンピュータが専門家のツールではなくなり、ごく普通の人たちも使うようになったのに、コンピュータの使い方自体は20年前のUNIXやWindows 95のまま。ユーザーはそれがコンピュータと思い込み、開発者はその思い込みに甘んじて、そこで進歩が止まってしまっている。誰でも使えて、どこでも使えるのがコンピュータのあるべき姿と言われているのに、実際はユーザーが使いこなさなければならない。それができないとコンピュータのリテラシーがないとされる。
2007年に初代iPhoneが登場した時、誰でも使えるシンプルなデバイスだったからこそ、普通の人たちがモバイル・コンピューティングに興味を持った。PCユーザーからは「あれもできない、これもできない」という文句の声が聞こえてきたが、そうした制限の先に、誰でも、どこでも使えるコンピュータが見えていた。ところが、端末の性能が向上するにつれて、スマートフォンはどんどん複雑になり、良くも悪くもどんどんPCに近づいている。
例えば、Princeの新しいアルバムを聴きたいと思った時、それが端末の中にあるのか、クラウドにあるのか、あるいは「Spotifyでストリーミング配信されていたっけ?」とか考えたうえで、不確かだったらとりあえず聴けそうなアプリを開いてみる。聴けなかったら、別のアプリかサービスにトライする。単純に音楽を楽しみたいだけなのに、やりたいことがすぐにできない。
どんどん複雑になるモバイルプラットフォーム、増え続けるアプリとサービスを理解していないと音楽を存分に楽しむことすらできない。増井氏は、素晴らしい絵を見たい人に画材を買わせているようなものと述べていたそうだ。
アプリよりもコンテンツが目立つUbuntuスマホ
さて、UbuntuフォンにはiPhoneやAndroidのようにホーム画面にアプリが並んでいない。アンロックするとCanonicalが「Scopes」と呼ぶ画面が現れる。UbuntuフォンのWebサイトの最初のページには以下のようなメッセージが書かれている。
あなたと、あなたがよく利用するコンテンツやサービスを中心に据えた初の携帯電話です。もう複数のアプリを開き、それらを切り替えながら使う必要はありません。代わりに、UbuntuのユニークなScopesが、あなたが必要とするすべてを1つのスクリーンから提供します。
Scopesは、端末にインストールされたアプリやサービスをコンテンツに基づいて整理して表示する機能だ。Ubuntuフォンには「ミュージック」「ビデオ」「フォト」「ニュース」「Nearby」「今日」といった標準Scopeが用意されている。
例えば、音楽を聴きたい時、ミュージックScopeを開くと、そこから端末のストレージに保存してある音楽、ストリーミングサービス(Soundcloud、Groovesharkなど)の音楽、ダウンロード販売サービス(7digital)の音楽などにアクセスできる。ミュージックScopeには端末で利用できる音楽関連のコンテンツやサービスがまとめられていて、アプリやサービスを選ぶのではなく、端末で楽しめる音楽から何を聴くか決められる。従来のスマートフォンではアプリが目立つが、Ubuntuフォンのホーム画面ではコンテンツや情報が主役なのだ。
Ubuntu SDKは、HTML5アプリとQt/QMLベースのネイティブ・アプリの開発をサポートしており、Ubuntu OS向けアプリのコンテンツやサービスはScopeと端末のコア機能に統合される。これによって、サードパーティのアプリ開発者は他のプラットフォーム向けよりも容易に、格段に少ないコストでOSの標準アプリと変わらない利用体験を備えたアプリを開発できる。
ホーム画面はScopeだが、Scopeがすべてではない。左端から右にスワイプするとイントールしているアプリの一覧(ラウンチャー)、右端から左にスワイプすると起動中のアプリを切り替えられるなど、これまで進歩してきたスマホのインタフェースを土台にScopesを取り入れている |
PCのようなスマートフォンにはツールとしての価値があり、それはそれで必要とするユーザーは多いから残っていくべきである。ただ、ツールのようなスマートフォンをすべての携帯電話ユーザーに押しつけているのが現状であり、もっとシンプルにコンテンツや情報に触れられるようにスマートフォンは進歩するべきというCanonicalの主張は一考に値する。Ubuntuフォンを米国で入手できるようになったら試してみようと思う。
残念なのは、Canonicalの宣伝がうまくなくて、Scopesが何なのか、従来のスマートフォンとどのように違い、どのようにスマートフォンを変えようとしているのかがまったく伝わっていないこと。Ubuntuであることばかりが注目されている。Ubuntuにワクワクするのはギークたちであり、それではScopesのターゲットとズレてしまう。
初のUbuntuスマートフォン「Aquaris E4.5」は市場テストの意味合いが強く、目標をクリアできたら米国などにも市場を広げる算段だと思うが、現時点でのメディアやスマートフォンユーザーの反応を考慮すると、次のステップに進める見通しは明るくない。
Aquaris E4.5がつまずくかもしれないし、実際に使ってみたらScopesもウイジェットを大げさにした程度のものにすぎないかもしれない。そうなったとしても、Canonicalがホーム画面をScopesにした理由まで否定するのはもったいない。今日のスマートフォンではやりたいことがすぐにできないという意識は根付いてほしいと思う。