米Appleが昨年の10-12月期に過去最高の売上高・純利益を達成した。売上高は746億ドル(約8兆7900億円)。これまでの記録の576億ドルを170億ドルも上回った。純利益は180億ドルで、これは2012年にExxon Mobilが記録した159億ドルを抜いて、上場企業の四半期利益としても過去最高である。
この記録づくしの決算は、iPhone 6シリーズの世界的なヒットによるところが大きい。7447万台(前年同期比46%増)という販売台数が耳目を引いているが、特筆すべきはASP(平均販売価格)だ。9月期の603ドルから12月期は687ドルに上昇した。安くて十分なスペックと機能を備えたスマートフォンがどんどん出てきて、ハイエンド製品が軒並み不振に陥るなか、iPhoneはASPを80ドル以上も上げて、しかも売れた。最高益は当然の結果であり、そこにAppleの強さが表れている。
iPhone 6シリーズのヒットは、AppleにとってiPhoneの今後につながる重要な意味を持つ。iPhoneのASPが上昇した要因は2つある。1つはファブレット相当で価格の高いiPhone 6 Plusの追加。これはより大きな画面のiPhoneを求めるユーザーが多かったので、Appleも成功を確信していただろう。注目すべきはもう1つの要因、スマートフォンでは売れ筋の32GBモデルをあえて用意しなかったことだ。こちらはAppleにとって、iPhone 6シリーズの販売を鈍らせるかもしれないギャンブルだった。
iPhone 5Sのラインアップが16GB/32GB/64GBだったのに対して、iPhone 6のラインアップは16GB/64GB/128GB。32GBモデルのiPhone 5Sを使っていた筆者は、iPhone 6シリーズに32GBモデルがないことに気づいた時に「クラウドストレージをうまく使ったら16GBでも間に合うか?」と計算したが、すぐに「ムリ!」という結論に至った。シンプルに標準アプリだけを使うなら16GBでも事足りるかもしれないが、今や500MBを超えるようなゲームも珍しくない。大きな画面だと動画も楽しめるから、普通にiPhoneを活用するなら16GBでは不十分だろう。
なぜAppleは、価格と容量のバランスに優れた32GBモデルを用意しなかったのだろうか。John Gruber氏は、32GB/64GB/128GBのほうが自然なラインアップとコメントしている。筆者も同感だ。16GBではiPhoneを使いこなせるようになったら容量不足に直面してしまう。せっかくのiPhoneがもったいない。
昨年12月にNeil Cybart氏が、16GBスタートは「中位モデルにユーザーを誘導する戦略だ」と指摘したことが議論を呼んだ。
ストレージ容量が大きなモデルが売れたほうがメーカーの利益は大きい。しかし、消費者はストレージへの投資を惜しむ。そこで、多くのユーザーが容量不足と感じる16GBをエントリーモデルに、その上を大容量(64GB)にすると、多くのユーザーは中位モデルに流れる。中位モデルの大きなストレージが便利だと実感したら、そのまま次の買い換え時にも中位モデルに定着するのも消費者の傾向だという。32GBモデルをなくし、64GB/128GBモデルにユーザーを誘導する戦略で、Appleの利益は2015年に約30億ドル増えると同氏は予測している。
エントリーモデルを多くのユーザーが"不十分"と感じる16GBのままにすることで、中位モデルにユーザーは移行する(Option A)。エントリーモデルのストレージを毎年倍増させたらユーザーはエントリーモデルにとどまったまま(Option B) 出典:Above Avalon |
エントリーモデルを32GBではなく16GBにしたのは「より安く」を実現するため……とも考えられる。ただ、Appleは低価格スマートフォン市場で競争していない。「より高いモデルにユーザーを誘導するために32GBを空白にした」というCybart氏の見方は説得力がある。
実際、iPhone 6シリーズの発売直後、64GBモデルと128GBモデルは再入荷と同時になくなったが、16GBモデルだけは購入しやすくなっていた。16GBモデルに飛びつく人は少なく、普及モデルと呼べそうな32GBモデルは存在しない。それがiPhone 6シリーズであり、そんな高いスマートフォン(iPhone 6 64GBモデルは749ドル)が「今どき売れるのか?」というのが率直な感想だが、中国市場の高価格端末需要を総なめにし、アナリストの予想を大きく上回る販売台数を達成した。
64GBモデルにユーザーを誘導できれば、単純に利益が増えるだけではない。大きな容量のモデルが普及すれば、iPhoneを使ってユーザーがさまざまなコンテンツを楽しむようになる。大きなアプリでもたくさんインストールできるようになるから開発者の可能性も広がる。面白いiOSアプリが増えるほどにユーザーがiPhoneに定着し、スマートフォンのASPが下がり続けるなかでもiPhoneは高いASPのまま売れる。
32GBモデルをなくしたのは短期的にはもったいないことだったが、あえて外したことが好循環を起こすきっかけになる。今よりも先を見通した布石だったはずだ。だからASPは上がっても、販売台数の伸びが鈍るのをある程度は覚悟していたと思う。それがこの売れっぷりだから、Appleにとってうれしい誤算だっただろう。