プログラミングやデザインが好きだから、アプリ開発で独立したいと狙っている人は多い。それどころか、そんな楽しそうな一面だけでうっかり独立してしまう人も少なくないと思う。そこはフリーランスライターも似たようなもので、独立してから現実を思い知らされることばかりである。

幸いなことに筆者は墜落せずにふらふらと飛び続けられてきたけど、独立する前にこの仕事のことをさまざまな角度からちゃんと理解していたら、もっと苦労しないで軌道に乗れたと思う。では、後進のために年収や仕事のノウハウを公開できるかというと、なかなか踏み切れない (ゴメン)。その点で、アプリ開発者はフリーランスライターよりも先進に恵まれているようだ。

昨夏、iOS用RSSリーダー「Unread」を開発するJared Sinclair氏がApp StoreにおけるUnread 1年目の売上データを公開して大きな話題になったが、同氏に刺激を受けたアプリ開発者たちが1月になって2014年の売上データを次々に公開している。

ドキュメント閲覧アプリ「Dash」のBogdan Popescu氏、パズルゲーム「Monument Valley」のプロデューサーであるDan Gray氏、ポッドキャストアプリ「Overcast」のMarco Arment氏など。これら4つのアプリのデータだけで一般化することはできないが、Monument Valleyは昨年Appleのデザインアワードを受賞したし、Arment氏は過去にInstapaperやTumblrも成功させている。成功するべくして成功したアプリ開発者たちのデータからは学べることが多い。

Unread、Monument Valley、Overcastはいずれも最初のリリース日の売上が圧倒的によく、それからしばらくして売上を落としてから安定した。最も売れる発売初日は開発コストを回収する最大のチャンスであり、だからSinclair氏は「有料アプリを最初から安売りするな」と説いている。ほかにはない個性を持つアプリだったら、有料でも試してみるユーザーは多い。

リリース初日に爆発的に売れた「Unread」出典:JARED SINCLAIR

アプリ開発者の中にはとにかくリリースしてしまって、それから時間をかけて改良していくという人も多いが、リリース直後のチャンスに悪評が立っては逆効果だ。レビューが悪いとリリース後の落ち込みが激しくなってしまうし、最初の印象が悪かったら二度と使わないというユーザーも多い。しっかりと仕上げた製品を最初からリリースするのが肝要である。

もちろん、発売初日に買ってもらうには、話題になるような"個性"のある商品でなければならない。また「使ってもらえたら良さがわかってもらえる」と楽観するのではなく、リリース前から期待感をあおるマーケティングを講じておくと、発売日の売上がより大きくなって本当に効果的なクチコミが広がる。

「App StoreではAppleに取り上げられたアプリの売上が爆発的に伸びる」と多くの開発者が信じている。ところが、Monument ValleyのAppleデザインアワード受賞の影響はわずかで、半額セールのほうが効果があった。UnreadのSinclair氏も「影響力のあるブロガーに取り上げられたほうがApp Storeでフィーチャーされるよりも売上が上昇する」と指摘している。

Monument Valleyの年間売上高は585万8625ドル(約6億9200万円)だった。4月にiOS版を発売してから、5月にAndroid版をリリース、7月にiOS版のセール、8月にAndroid版のセール、11月に新章発売と、話題を途切れさせないことで売上を積み上げた。Monument Valley開発チームのコアメンバーは8人だが、あの独特の世界観と美しいグラフィックスには長い開発期間と膨大な開発コストをかけた。オリジナル版は55週間で85万2000ドル(約1億円)、新章「Forgotten Shores」は29週間で54万9000ドル(約6500万円)だった。

2014年に売上高585万8,625ドルを達成した「Monument Valley」出典:Ustwo

Popescu氏が個人で開発しているDashは年間売上高が27万1000ドル(約3200万円)だ。"大成功"と言えるかは微妙な数字だが、同氏はレポートで日々の生活に関するデータも公開している。2月は1日平均10時間も働いたものの、普段は1日4~5時間ぐらいで、数週間のバーケーションを年に2回取っている。それらとは別に5月は「Hearthstone」で遊ぶのに熱中して1日平均2時間ぐらいしか働いていない。Monument Valleyのような一獲千金の成功ではないが、毎日が楽しそうでむしろうらやましい。

Dashはホスティング費用が年間2400ドル(約28万4000円)。Overcastは1カ月750ドル(約8万9000円)だ。Overcastの場合、最大の費用は商標問題を解決する契約の約1万2000ドル(約140万円)だった。アプリの名前のために簡単に投じられるような額ではないが、Arment氏は「それだけの費用を支払ってもこだわる価値が名前にはある」と述べている。

Monument Valleyのようなヒットはなかなか出てくるものではないし、16万4134ドルのOvercastクラスのヒットだって難しい。Overcastのデータをもとに、アプリ開発者のCharles Perry氏がApp Storeにおけるアプリの売上分布を予測した。ランキング上位のアプリの売上(1日分)はスゴいが、ランキングが少し下がると一気に売上が落ちる。まさにホッケースティック曲線であり、120万アプリのうち、ヘッド部分は上位870のみ、99.93%はロングテールに含まれる。

X軸が米App Storeのランキング(売上)、Y軸が1日の売上高。1位から870位までで売上高が急激に下降し、あとは緩やかに長く低い売上高が続くロングテール 出典:Metakite)

こんな急激なカーブを描くホッケースティック曲線を見ると、本当にごく一部の開発者しか成功できないように思うが、よくよく計算してみるとロングテール部分にあっても1908位内を維持したら年間売上が10万ドルを超える。3175位以内にランクし続けたら米国の平均世帯収入(5万3891ドル)を上回る。たとえ、3175位以内に入れなくても、複数のアプリを提供して何とかしている開発者も多い。

生計を立てることを成功の基準にしたら、アプリ開発の成功はごく一部の開発者に限られることではない。App Storeの市場は大きく、ロングテールに含まれるアプリでも十分にチャンスがある。これは特に個人開発者や小規模開発者にとってとても大切なことである。

逆に言うと、全体の99.93%を占めるロングテールでアプリ開発者が生活できなくなったら、開発者離れが一気に進んでエコシステムは急速にしぼんでしまうかもしれない。だから、成功しているアプリ開発者たちはエコシステムが豊かであり続けるように、積極的に成功するためのデータとノウハウを公開しているのだろう。